同居人は魔法使い 13
暫く館内を歩いていると、一面に水槽が貼られた場所へと辿り着く。
今まで薄暗い中を探索していたが、更に真っ暗になった。水槽の中が余計に青々しく感じる。
「でっけえ水槽……」
まるで映画館のスクリーンのようだ。
「水族館の中って、こんなに暗い場所なんだね」
「そうだな」
「でも、神秘的だよね。暗いのに明るく見える。海の中もこんな感じなのかな」
「まぁ、同じなんじゃないんですか?」
適当なことを答えるも降魔さんは納得したように「そっか」と嬉しそうに零す。俺は視線を水槽へと移した。目の前には、小さな魚たちの群れが流れるように泳いでいる。魚の鱗部分が照明に照らされ光続けている。
オーロラみたいだなと見惚れていると、その前を大きな影が通り過ぎた。
「でっか……」
俺は思わず後退りする。黒い影は未だに俺の前を泳ぐ。表面に白い斑点模様が目に留まった。そこから先に見えるとても長い尾鰭が揺れる。
全長どれくらいあるだろうか。俺と降魔さんなんか、いや、この水槽に集まっている人々を簡単に飲み込めそうなくらいの迫力がある。
空いた口が塞がらないとはこう言うことか。
「ジンベエザメだね」
「知ってるのか?」
「うん。テレビで見たから」
水族館は勿論、テレビ番組で映る水族館もあまり見ない。そもそも俺はテレビは見ないから。いつも、部屋に篭って絵を描いたりして過ごしてるからな。
降魔さんはどっちかと言えばアウトドア派だ。情報には敏感だし、暇があれば俺を外に連れ出すし。
そんな
まぁ、そんな事考えても仕方ないか。そんな事を考える為に水族館に訪れた訳じゃないからな。
降魔さんとの思い出作りの為、だからな。そのついでに、次のイラストのネタ作りの糧になればそれで良い。
俺はポケットにしまっていた小さなメモ帳を取り出す。ペンも用意し、ジンベエザメやその他の魚たちのシルエットのみを雑に描き写す。
俺が視線を下に落としたことが気になった降魔さんが、俺のメモ帳を覗き込んだ。
「次は水族館をイメージしたイラストを描くの?」
「それも良いかなと……」
「そっか。ねェ、出来たら一番にボクに見せてね」
「うぇ?! まぁ、良いけど……」
「やった。ありがとう、ヨミくん」
降魔さんは口角を上げて微笑んだ。控えめな笑みだが、心から嬉しがっている様子が見て分かった。俺は何も言わずにただ黙っている。
降魔さんは水槽の壁にそっと手を重ねる。そして、うようよ泳ぐ魚たちを見つめていた。俺も倣ってそうしていると、降魔さんが何かを思い出したようで口を開く。
「魔法界のとある地ではね、魚が空の中を泳いでるんだよ」
「魚が空を?」
「そうそう。その逆で、海の中を鳥が飛んでるんだ」
「何だかアベコベだな」
「そうなんだよ。ゴミ箱を漁る鴉だって真っ白だし、寒い時に降る雪は真っ黒なんだ。面白いよね」
「なぁ、降魔さんは海の生き物で好きなのは何?」
「うーん。クラゲかなァ」
「クラゲ……。クラゲってあの白い?」
「うん。ふよふよしてて可愛いよね」
そう言や、クラゲって毒があったよな。確かに、見た目は可愛らしいけど毒針で刺してくるらしいからな。降魔さんってそう言うのが好きなのか。
もっと、ジンベエザメみたいな迫力のある魚が好きかと思った。
「知ってるかい? クラゲは、脳や心臓、血管がないんだって」
「っは?! そうなの?!」
「うん。でも、その代わりクラゲには水管というものが入っていてそこから栄養を摂っているんだって。あとは、全身に神経が通っているらしいよ」
脳味噌も心臓も俺たちにとって大事な臓器なのに、それなしで生きられるってクラゲは何者だよ。凄すぎだな。
「クラゲって毒があるんだろ?」
「そうだね。触手に毒針があって、そこを触ると毒が発射するらしいよ。ヨミくん、試しに触ってみたら?」
「俺を殺す気か」
「大丈夫だよ。そしたら、すぐにボクが助けるから」
降魔さんは愉快げに笑った。俺はその言葉を素直に受け取れず、引き笑いを浮かべることしか出来なかった。
降魔さんはくるりと向きを変え、水槽を見つめる。そして、先ほどと同じように水槽の表面に手を当てた。
「ボクも、そんな風に生きられれば良かったのにな。クラゲのように全身に神経が張り巡らされて、どんなことにも過剰に反応して、自分を完全に守れるように……」
「降魔さん……?」
「いや、ならなくちゃいけなかったんだ。ボクはそれに気付くのが遅すぎた」
降魔さんが口から零れた言葉はするりと落ちていく。海のように広がるのではなく、水槽の中にいる能天気な魚たちに届く訳もなかった。
俺は降魔さんの言っている意味がよく分からなかった。
そう言えば降魔さん、魔法界に帰りたいとか思ったことあるのかな。
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