八 グル
8-1
翌朝のワイドショーでは、瀬戸内海に浮かぶボートで起きた悲劇を報じていた。
八月二十三日、日曜日、午前九時半。中本たちは事務所のテレビの前で、大袈裟に嘆くコメンテーターに辟易としながらも、その放送を見ている。
テーブルの上には、槇本の勧めで横山が土産で買って帰ってきたシュークリームが並べられているが、まだそれには誰も手を付けず、コーヒーだけが消費されている。
今、画面には海に浮かぶボートを上空から捉えた映像が映し出されていた。レポーターの声がヘリコプターの騒音と共にテレビから流れる。
「辛うじて命を取り留めた唐建華さんは現在、話のできる状態にないということで、回復を待って警察による事情聴取が行われるということです」
マスコミには解放人と翁の情報は発表していないようで、コメンテーターは勝手な憶測を並べている。画面は切替わって、オオタ加工の工場、実習生の寮と映し出された。
中継場所が変わるごとにテロップも切り替わる。そのテロップを見るだけで中本は嫌気がさした。「ブラック企業での強制労働」「相次ぐ海外技能実習生の事件」「白昼の海上で起きた惨劇の全貌」――
事件の裏側に存在する解放人や翁の存在が知られていないとはいえ、憶測をさも事実であるかのように伝えるこれらは、報道とは呼べない。中本が立ち上がってテレビの電源を切った。
「今日が平日だったらもっと酷かっただろうな」
中本にその場にいた全員が同意した。
「それでもオオタ加工の周りには報道陣がえらい集まって、物凄い騒ぎですわ。楊さんを西原さんとこに預けといて、ほんま良かった」
「西原さんには彼女と同じくらいの娘がいますからね。内心は相当煮えたぎっているはずです」
横山と庄司も、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
社長のボートの捜索は、今朝の七時から始められた。その時刻に合わせて記者発表があったのだが、その前に西原が楊を隣の管轄である安佐南署内に匿っていた。
その後西原は、社長のボートに設置されていたGPSロガー内臓の魚群探知機の航跡から、先週月曜日に李の遺体を遺棄したと思われる海域を割り出し、その現場での調査に同行している。
その航跡では、五日市マリーナを出たボートが、倉橋島の沖五キロメートルの位置までほぼ一直線に向かい、そのまま折り返して帰港している。その折り返した地点を海保のダイバーが捜索しているのだが、まだそれらしい物が見つかったという連絡はない。
広い海の中で、四十リットルのクーラーボックスに入る程度の物を探す作業は困難を極めていた。捜索の対象が鉄の塊だとは言っても、金属探知機が検知できるのはせいぜい半径一メートル程度だ。海流も早く、海底の砂が堆積していれば、比較的透明度の高い海とはいえ視認での捜索も難しい。加えて、倉橋島沖という場所も、溶鉱炉で溶かしているという遺棄方法も推測でしかない。
これで何も出ないとなると、指揮を取る西原は人事的責任を取らされても文句は言えない。
引き返すことが許されない西原に、本部に控えている刑事部長から着信があった。
「はい、西原です」
「西原、船にテレビはあるか?」
「いえ、ありません」
「そうか、それじゃあビデオ通話に切り替える」
西原がスマートフォンを耳から離して画面に目を向けると、一瞬刑事部長の広い額が映った後、風景が流れてテレビの画面を写す位置で固定された。
そのテレビの画面には、広島海外技能支援協会と書かれた木の看板の前で、複数のマイクを前に毅然と立つ翁が映っていた。
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