7-4

「西原さん、解放人の……いや、翁の依頼は証明できますかね?」

「それは私の専門外だが、簡単じゃないだろうな。サーバーは中国だろう? 難しい。だが、できるだけのことはやる。放っておけば再び同じことが繰り返される。……稔君、どう思った?」

 立ったままペットボトルのキャップを捻る中本に、ベンチの背もたれに両腕を広げてかけている西原が聞いた。

「ありがちな推理でいいですか?」

「もちろん」

 中本はひと口スポーツドリンクを飲んで、西原の向かいのベンチに腰を下ろした。

「楊さんが言っていた殺人依頼がそうなのか分かりませんけど、翁が李さんの殺害を依頼した。その仕事を石見海岸で実行したのが唐さん。その死体の処理に困って専務に相談したが、専務にもどうしたらいいか分からず、専務は社長に相談した。社長と専務で死体を運び、着衣とタープテントの袋を焼却炉で燃やし、死体は溶鉱炉で鉄と共に溶かして海に捨てた。その後専務と社長の間でトラブルがあって、専務か唐さんが社長も殺してしまった。そして同じように死体を処分し、専務と唐さんは心中を。唐さんが翁から受け取ったのは、脅迫して手に入れた金ではなく、殺人の報酬だった。結果だけを見れば、そんなところじゃないですか」

 中本は深く考えることなく、感情を殺してただ言葉を並べて口から吐き出した。

「なぜ翁は李紅を殺したかったんだと思う?」

「姉のことでしょうね。李さんは姉を自殺に追い込んだ人物に相当な恨みを持っていたはずです。その姉の件に翁が関わっていたことが分かった。彼女が翁に復讐しようとしているのが気付かれたんでしょう。張さんの正体も翁に気付かれたのかもしれません」

 西原は中本の推理を聞くと溜息を吐いた。

「稔君の所に彼女が捜索を頼みに行かなければ、一人の実習生がまた失踪したってだけの話で終わっていたんだろうな」

「俺の推理を信じるんですか? 悪いですけど、話した俺自身、信じたくないですよ。西原さんはどう考えているんですか?」

 西原は立ち上がると工場の方へ身体を向けた。

「まだ考えていない。いや、考えたくないというのが本当だな。今は少ない証拠を集めることと、唐の回復を祈るだけだ」

 西原は工場の中へ入ると、副社長の様子を見ていた刑事と二人で副社長を両脇で支え、西原が乗ってきた車へ副社長を乗せた。

「今日の自宅の捜索は諦める。専務が死んだ今、この件は急ぐ必要もない。今日は副社長を病院に連れて行って、また令状を取ってから捜索するさ。稔君も今日はもういいだろう。庄司さんによろしく伝えておいてくれ」

「ええ。そういえばもうそろそろ帰っている頃ですね。あっ……西原さん、祥子さん見ませんでした?」

 中本は、工場内の捜索が始まってから祥子の姿がないことに気が付いた。

「おいおい、祥子ちゃんならもうずっと社長宅の前にいるよ。『梶君を待ってなきゃ』って言ってな。まったく、そんなんじゃ愛想つかされるぞ」

「別に俺たちはそんなんじゃ……」

 中本は西原の言葉にそっぽを向いて、ペットボトルの中身を全部喉の奥に流し込み、リサイクルボックスに投げ込んだ。そのまま自分の車の方へ歩いて、ドアの前で西原に一度手を上げて乗り込んだ。

「仕事熱心なのも程々にしとけよ」

 西原は、ステアリングに手を乗せた中本の横顔に向かってそう呟いて車を出した。中本もその後に続いて社長宅まで車を移動させた。

 祥子の姿は社長宅ではなく、隣の寮にあった。丸いライトの乗った門柱の前で、戻ったばかりの楊と言葉を交わしている。中本は窓を開け、車に乗ったまま祥子に声をかけた。

「祥子さん、帰りますよ。楊さんも今日は疲れていますから、早く休ませてあげて下さい。横山さんたちもそろそろ帰ってくる時間です」

 祥子は一度楊を抱きしめ、彼女が寮の玄関を閉めるまでその場で見守った。

「所長、何があったんですか?」

 助手席に乗り込みながら聞いてきた祥子に、中本は車を走らせながら要点だけを話したが、それでもたっぷり五分を要した。

「楊さん、大丈夫かな……」

「大丈夫……なんて簡単には言えないけど、まだまだ彼女の力になれることはあるさ。ところで、例の梶君には会えたのかい?」

「あ、そうだ。梶君なんて来ませんでしたよ、所長。もう八時になるのに……」

 中本はここで話していた副社長の様子を思い返した。

「もしかしたら、初めから今日来る予定じゃなかったのかもしれないね。倉庫の中でゴルフバッグを見たかい?」

「そこまで見てないですよ。散らかっていたし」

「そうだよね。凄く散らかってた。俺ならあの状態の倉庫を、人任せにして開けさせたりしないかな」

 祥子はしばらくハンドルを握る中本を見つめていた。自分に見えていない何かが見えているらしい中本のその目を。

 太田川沿いの道を走る車で、祥子は助手席の窓を全開にして夜の空気を身体に浴びている。どこからかフクロウの鳴く声も聞こえて来た。

「所長、ギブアップです。答えを……いや、やっぱりまずひとつヒントを下さい」

 オオタ加工を出て五分。祥子は梶が来なかった理由を考えていたが、さっぱり分からなかった。

「いいけど、俺のも推測だよ」

「分かってますから」

 中本は「うーん」と唸りながらしばらく出すべきヒントを考えた。

「それじゃあ、専務が社長を殺害してしまった現場はどこだと思う?」

 一瞬だけ考えた祥子は身体を捻って窓側に身体を向けた。

「ああ、ムカつく!」

「なんだ、もう分かったのか」

「ヒントの出し方下手くそですか? そんなのヒントじゃなくて答えですよ!」

 祥子に怒鳴られて、中本は頭を掻いた。

「それは悪かったね」

「副社長の話し方と目の動きで、なんか精神的に不安定なのかな、とは私も思ってたのに……。仕事が休みの土曜日の午前中だもん。そうですよね、自宅ですよね。当然副社長もその場にいただろうし、自分の目の前で子供が夫を殺す所を見たら……。それで無意識に忘れようとして、副社長の中で日付が何日か、何ヶ月か、それとも何年か知らないけど戻っちゃった。そういうことだっていうんでしょ? あーあ、これからあの会社とかどうなるんだろ……」

「操業を続けて行くのは無理だろうね。社長と専務を失って、副社長はあの状態だ」

「オオタ加工以外で働いている実習生たちも……ううん、技能実習制度自体も色々言われちゃいそう」

 その時祥子が心配した以上に、海外技能実習制度を取り巻く環境は大きく揺れた。

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