7-2
オオタ加工では捜索令状が届き、副社長が立会い、工場内と焼却炉周辺の捜索が始まっていた。さすがの副社長も黙り込むかと中本は思っていたが、これまで以上に言葉を発し続けていた。
「あれはどうも
最初に来ていた刑事がそう言って溜息を吐いていた。
中本にも、その刑事が溜息を吐く気持ちは分かった。精神を病んだ状態で、夫と息子が今どういう状況にあるのか知ったらどうなるか分からない。
溶鉱炉付近を鑑識が念入りに調べている間も、中本にも聞かせた専務の話を繰り返し口にしている。誰に話すというわけでもなく。
ルミノール反応が出た電気のこぎりを押収する時にも、副社長は「専務がその丸ノコを使ってそこの棚も作ったのよ」と自慢げに口にしていた。
「やりきれんな」
背後から聞こえたその声に中本が振り返ると、そこに西原が立っていた。
「西原さん、いつの間に。……っていうか、専務と唐さんは?」
「まだ帰ってきていない。二人はまだ海の上……あるいは海の底か」
西原は現場にいた二人の刑事と中本に、監視カメラに映っていた映像と、自身の推理を話して聞かせた。
「しかし、それではひとつ納得いかないことが……」
中本が西原の推理に首を捻った。
「聞かせてくれ」
「二人が心中した。もしそうだとすると、唐さんが翁を脅迫した行為が納得できないですよ。関係を持ったことをネタに翁を脅迫したんでしょう? 心中までするっていうことは、専務と唐さんはそれなりの絆があったってことですよね。それなのに唐さんがそんなことをしますかね?」
中本の指摘に、西原は腕を組んで顎を撫でている。西原が考える時に見せる癖だ。
「唐が専務を騙しているか、翁が嘘の証言をしたか……。翁をもう一度洗い直してみる必要がありそうだ。そこに今回の事件の真相があるかもしれん。その前に、専務の部屋も捜索したいと思ったが、気が進まんな」
西原は副社長をじっと見つめた。身体を細かく左右に揺さぶって落ち着かない。そんな彼女にどう声をかけて息子の部屋を見せて欲しいと切り出すか悩んでいると、それを急かすように西原の携帯電話が鳴った。
「西原だ。……そうか! で、二人は?」
西原の声に周りにいた中本たちが注目した。
「……分かった。船内の捜索は海保に任せて、お前は病院に行け。……ああ、お疲れさん」
電話を切った西原は、副社長の方へ歩いて行った。
「西原さん! 二人は……」
二人は無事だったのか。そう聞こうとした中本の携帯電話が鳴り始めた。佐々岡からだ。中本は歩いて行く西原と、スマートフォンの画面を何度か交互に見た後、工場の外に出て電話を受けた。
「はい、中本です」
「佐々岡です。中本さん、解放人ってご存知ですか?」
「カイホウジン、ですか? いいえ、分かりませんが……」
「数年前に発足した、というか、自然発生的に生まれたグループです。新華僑の中でも極右を気取った若い連中の集まりだったんですが……」
突然の話題に、中本は頭の回転が付いてこなかった。その中本の視線の先では、副社長が地面にしゃがみこみ、自分の肩を抱いて震えている。
「佐々岡さん、それは一体何の話ですか?」
「まあ聞いて下さい。彼らの主な活動場所は、中国で盛んな吼吼吼というSNS上なんです。そこで解放人がやっていることは、多岐にわたっています。覚せい剤から臓器売買、殺人依頼、何でもありです。ですが、そのほとんどは、実際に行われることはありません。それらの取引をネタにした、詐欺目的の餌なんです。金さえ積めば何でもやると言って、金だけせしめる」
「吼吼吼は俺も知っていますが……。そんな子供騙しな」
「実際その通りなんですよね。騙される対象は大抵の場合子供で、騙す彼らも遊び感覚です。ところが、その解放人に一人の男が加入……と言っても組織として実体のないようなものですので、そう呼んでいいのか分かりませんが、その男の出現で、子供騙しの詐欺がなくなった」
「その男が李さんの失踪に関係していると?」
「ええ。その男の名前は、翁
「広海協の翁ですか!」
「ええ、その通りです。広海協自体はまともな組織ですが、翁はその仕事で得られる情報を、自分の楽しみのために使っていると言っていいでしょう。解放人という産声を上げたばかりの組織で、彼はルールになろうとしている。私にはそう見えます。今は実習生を使った裏ビジネス開拓に向けた実験段階にあるんじゃないですかね?」
「裏ビジネス、ですか……」
「ええ。しかもそれだけじゃない。翁の兄は、李の姉を大阪に売ったブローカーだったんですよ。その兄の名は翁
「そのことは庄司さんには?」
「これから伝えます」
「そうですか。じゃあ、そっちはよろしくお願いします。それから、近くに県警の西原さんがいるんですが、彼にも伝えていいですね?」
「もちろんです。現段階で記事にしようと思って調べたわけじゃないですから。引き続き、翁太元が何をしているか探ってみます」
「分かりました。佐々岡さん、ありがとうございます」
「構いませんよ。今度また酒でもご馳走してもらえれば」
中本がその電話を終えても、西原は副社長の前に立っている。副社長は相変わらず自分の肩を抱いて小さくしゃがみこんだままだ。
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