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午後二時。警察署を目前に、中本の携帯が鳴った。カーナビのモニターに庄司の名前が表示される。
「西原さん、受話ボタンを押してもらっていいですか」
中本が助手席の西原に操作を頼んだ。車のスピーカーから庄司の声が響く。
「所長、今よろしいですか?」
「どうぞ。今移動中でスピーカーです。西原さんもいますので」
「とりあえず用件だけ先に伝えます。李が車に乗り込む所を見た人はまだ見つかっていませんが、バーベキューをしていた彼らを見たという人は四組いました。その四組ともが、中国人実習生の三人よりも、はしゃいでいた若い男を憶えていました。よほど専務がハッスルしていたんでしょう」
ハッスルとは随分古い言い様だと中本は思ったが、そこに触れている場合ではない。
「庄司さん、しばらくです。西原です」
西原と庄司は、庄司が長崎県警の刑事だった時代に、何度か柔道の全国大会で対戦したことがある仲だ。
「西原さん、また世話になります」
「いや、こちらこそ。これからすぐに唐の行方を捜索します。唐がキャンプ場のトイレで見たものをネタに脅迫した相手が誰なのかは分からんが、まず間違いなく十九日夜から二十日の早朝にかけて、コンビニで金を下ろさせている。その日は服装も目立つ格好だし、一緒にいた人間はすぐに割れるでしょう」
「しかし、五十万という金額と、殺人という行動の間に極端さを感じるんですが。もちろんまだ唐が殺害されているとは限りませんが……」
庄司の指摘に二人が車内で静まっている間に警察署に到着した。
「では庄司さん、私は急いで唐の足取りを追いますよ。捜査員はそれほど使えないでしょうが、できる限りのことはするつもりだ」
「こちらも、もうひと踏ん張りします」
西原は庄司に早期解決を約束して署へと戻っていった。
「庄司さん、西原さんが動いてくれましたので、俺たちもこれから浜田に向かいます」
「よろしくお願いします。やはり土曜日はそれなりの人出ですよ」
「楊さんが見たら、また違うものが見えてくるかもしれない」
「そうですね。それに期待しましょう。では、気を付けて」
警察署からオオタ加工の寮までは約十五分。中本の車は交通量の少ない川沿いの道を走る。川の流れに腰まで浸かって鮎を釣る人々を横目に、中本はこれまでに聞いた話を思い返していた。
八月十五日、土曜日、オオタ加工の六人が石見海浜公園でバーベキューをしていた。その時に李がトイレに行ったきり戻ってこなかった。
まず、そこで李を捜しに行ったのが専務なのか、唐なのか。
その後、真偽はともかく、社長が海浜公園に戻ってきて、李が車に乗り込む所を見たという証言を得たのが五時半頃。それ以前に李は車に乗っていたことになる。そうなれば、その姿を唐も見ていた可能性もある。
八月十九日、水曜日の夜、唐が一人寮を出る。翌早朝返ってきた唐は五十万円を手に入れていて、更に金が手に入ると楊に話している。
そして今朝、唐が姿を消した。
「唐は
李は携帯を持っていない。SNSへの返信もない。そうすると、唐が会った相手は李本人ではなく、李を車に乗せた相手だろうか。そうなると、李の失踪を手伝った人間は、唐が前から知っていた人物と考えるのが妥当だ。
「あの寮に住んでいて知り合える人間は限られるよな。会社の人間か、仲介業者の人間か……。まあ、それは西原さんがすぐに調べてくれるか」
中本の推測が正しかったと、西原から送られてきたコンビニの防犯カメラの映像が証明したのは、それから二時間後だった。
「広海協の翁先生です。間違いありません」
西原から写真が中本に送られてきたのは、一旦合流した横山や槇本たちと別れ、李が消えたトイレの近くに庄司と祥子、それに楊の四人で移動した時だった。その写真を楊に見せると、唐と共にコンビニに入ってきた男の正体が分かった。
庄司がすぐに西原へと電話を折り返した。
「お世話になります、庄司です。映像の男は広島海外技能支援協会の翁という人物です。楊さんに確認してもらいました。メールで翁の住所と電話番号を送ります」
「助かります。……しかし、このコンビニでは金を下ろしとらん。時刻は十九日の二十一時半。寮から一番近いコンビニ……とは言っても一キロ以上離れとるが、ここは待ち合わせ場所だな。唐が店に現れた十三分後に、その翁という男が来て飲み物だけ買って、黒いバンに乗って出て行った。この店のビデオを唐が寮に帰る時間まで調べたがこの日はもうこの店には現れていない。昨晩からの映像も確認したが、唐は来ていなかった」
「金を下ろしたのは別れる直前でしょうね。五十万も貰ったんだ。帰りはタクシーでも拾ったんでしょう」
「すぐに任意で引っ張ってくるとしましょう。立て続けに二人いなくなっている。拒否はできん」
「逃げていなければいいが……」
電話のやり取りを聞いていた楊にもその内容は理解できたようだ。唐が翁を脅迫していたらしいと知って信じられないといった様子だった。
「社長は翁先生もキャンプへ誘っていました。連休の前に。でも、十五日は家族と出かけるからと言って、翁先生は断っていました。それは嘘だったのでしょうか?」
庄司がその楊の話しを聞いて、西原に送るメールにその一文を加えた。中本が楊の小さい肩に手を乗せた。
「どうだろうね。その確認は西原さんに任せよう。こっちはこっちでできることをやらないと。何も分かりませんでしたじゃあ、ちょっと癪だ」
それに楊も頷いた。翁のことを少しは信頼していただろう。その翁が李の失踪に関わっていたかもしれないというショックがあるに違いない。
「社長と専務の車を停めていたのは、この場所で間違いないんだね?」
中本が確認すると、楊は間違いないと頷いた。その駐車場は、李の痕跡が唯一残っていたトイレの入り口に近い。距離は十数メートル。ビーチとトイレを挟んで反対側にあるその駐車場からは、トイレの入り口がよく見える。そして、トイレから駐車場に向かって歩いたとしても、トイレの死角になってビーチからは見えない。
「李さんが車に乗り込んだというのもこの場所でしょうね。ここなら他の連中からは気付かれない」
中本の予想に庄司も頷いた。
「では、この付近を中心に聞き込みましょう。管理事務所方面は横山さんたちに任せて。楊さんたちはバーベキューをしていた場所に行ってみたりして、先週のことを色々思い出してみて下さい。同じ場所に立てばちょっとしたことでも思い出すかもしれない」
中本が指示を出して、それぞれ散らばって僅かな手掛かりを探し始めた。流石に土曜日ということもあって、先日訪れた時とは人の多さが違った。駐車場も満車とまではいかないが、多くの車が停まっている。広島ナンバーを始め、県外のナンバーも多い。車で犬を連れて来て、ビーチを走らせている人もいる。李が車に乗るのを見たと証言をした人も、近所の人ではなく、県外から車で来ていたのかもしれない。
中本は一人も聞き逃すことがないように声をかけ続けた。
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