四 夢と現実

4-1

 翌朝、中本の運転する車が浜田東インターを降りる頃には、気温が三十度を超えていた。キャンプ場は平日ということもあって閑散としている。テントを張る学生のグループが一組と、海上にサーファーがちらほらと波を待って浮かんでいる程度だ。

 中本たちは管理事務所を訪ね、早速聞き込みを開始した。

「土曜日にバーベキューの利用ですか。無料で開放しているエリアですから……。何とも言えませんね」

 うちの事務所よりも暇そうだ。中本は小窓越しに対応するその男を見てそう思った。

「しかし、一人行方不明になっているんです。そのことを尋ねても来ませんでしたか? 土曜日の夕方なんですけどね。三十代と五十代の男二人が捜しているはずなんですよ」

「なあ、そんな話誰か聞いたか?」

 管理事務所にいる他の人間にその男が聞いたが、誰も利用者が行方をくらませたことなど知らないようだ。

「ここじゃないんじゃないの?」

 中本は唐から送ってもらった写真を見せた。

「これ。ここに管理棟が写っている。間違いなくここでしょう?」

 男がメガネをずらして中本が差し出したスマートフォンの写真を眺めて「確かに」と呟いた。

「でも、そんな騒動があったなんて本当に聞いてないなあ」

「防犯カメラの映像は見れませんかね? 駐車場に設置しているカメラの」

 庄司のその言葉にも男は首を横に振った。

「これは吹聴されたら困るんですが、残念ながらもう何か月も前からビデオデッキが壊れていてね。今の映像は見れても、録画はされていないんですよ」

 中本たちは、管理事務所で情報は得られそうもないと諦め、写真を頼りに七人がバーベキューをしていた辺りに移動した。

 近くを走る国道から車の走る音は聞こえても、間にある木々が邪魔して見通すことはできない。更には近隣に民家が少なく、散歩をしているような人もほとんどいない。目撃証言を得るのも厳しそうだ。

「李さんはトイレに行って帰らなかったと言っていました。ここから一番近いトイレはあそこですね」

 海岸へ向かう整備された遊歩道には、いくつかのトイレが設置されている。写真が撮られていた位置から、一番近いトイレまでは五、六十メートルほどしか離れていない。間に視界を遮るものはないが、バーベキューをしていた位置から見ると。トイレの入り口は反対側にある。

「トイレからこちらの様子を見て逃げ出すのは簡単そうですね。トイレの中も念のために行ってみましょう。祥子さん、お願いします」

 さすがに女子トイレの中は祥子に頼るしかなく、中本たちは一応男子トイレの中を見た。

 トイレには掃除のチェックシートが貼られていた。一日に二回掃除がされているようだ。李が消えた土曜日も朝八時半と、午後一時に掃除した記録が書き込まれていた。

「所長、ちょっと来てもらっていいです?」

 トイレの入り口から祥子の声がした。

「何かありました?」

「今は中に誰もいないんで、ちょっと来て下さい」

 誰もいないと言っても女子トイレに入るのは中本としても気が引けたが、そんなことは構わず、祥子は中本の腕を引いた。

「ちょっと……。あ、横山さんは人が来ないか見ていてもらっていいですか?」

「はい。任せて下さい」

 堂々と祥子と中本の後に続き中に入る庄司を見送って、横山は見張りの役を引き受けた。

「ここ。少し凹んでるんです」

 祥子が指し示したのは、個室のドアの内側、下から約一メートルの位置だ。庄司がその窪みを注意深く観察する。

「ドアもここだけ開けにくかったんですよね。少し引っかかる感じで」

 木製のドアのその部分は、僅かに板が裂けていた。更に、その裂けた部分に引っかかって、数本の繊維が挟まっている。それを見つけた庄司が、中本に李の写真を見せてくれと頼んだ。

「この子の身長はどのくらいですかね?」

 庄司が写真を見て聞くと、祥子が横からその写真を覗き込んだ。庄司が指を置いている場所に写っているのは李だ。

「唐さんよりちょっと低いから……一五〇センチはないかな一四七、八くらいだと思います」

「祥子さんは何センチですか?」

「私は一五八センチです」

 庄司はその答えに頷いて、祥子と場所を入れ替わった。

「祥子さん、ちょっとそのドアに背中を付けてもらっていいかな?」

「こうですか?」

 祥子が庄司の指示通りに閉められたドアに背中をピッタリと付けた。

「肘を曲げて身体を左右に捻ってみてくれるかい?」

 それにも言われた通りに祥子が上半身を捻った。

「なんだか駄々っ子みたいな動きですね」

 そう言いながらも祥子はその動きの狙いが分かったようで、右肘がドアに当たる位置で身体を動かすのを止めた。庄司がその肘とドアの窪みを確認すると、ほとんど一致している。

「ここで李さんが暴れた?」

 中本がしゃがんで裂けたドアに挟まった繊維を抜き取った。写真に写っている李が着ていたカーディガンの色と同じピンクの繊維だ。

「直前に何か嫌なことでもあったんでしょうか。それで我慢の限界がきて、ここで怒りを爆発させたとか。でも、それが李さんの失踪に関係あるかは分かりませんよね」

 中本が声に出しながら考えを纏めている間も、祥子は自分の肘でトイレのドアを小突いている。

「そんなに薄い板じゃないのに、結構な勢いでエルボーしたのね……。李さん、写真では凄く大人しそうなのに」

「とりあえず外に出ましょう。俺はちょっと事務所に電話してみます」

 中本はトイレから出て、事務所の悠に電話をした。

「中本です。悠さん、例の二組とは連絡取れましたか?」

 例の二組とは、ツイッターで石見海浜公園にいることをツイートしていた二組だ。祥子が昨晩のうちに探し出して、悠に仕事として与えていた。

「連絡はきましたけど、二組ともオオタ加工のグループは見覚えないそうです。同じ海岸でも、離れた場所に居たみたいですね。でも、連絡したうちの一人が、他にあの場所にいた知り合いに尋ねてくれています。あのサーファーの方の人」

「そうか、それはありがたい。地元の人だったかい?」

「ええ。江津ごうつ市の方です。携帯の番号を聞いています。送りましょうか?」

「お願いします」

 江津市は浜田市の東隣で、東西に五キロ以上の長さがある石見海浜公園は、浜田市と江津市にまたがっている。中本のスマートフォンに悠からのメッセージが届くと、早速中本はその人物に連絡を取った。電話をかけて事情を話すと、これから海まで来てもらえることになった。

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