真夜中を駆ける者達

赤城ハル

第1話

 真夜中の時間帯に田辺恭一郎は坂道を駆け下りていた。

 なぜなら3分以内に電車の乗り換えをしなくてはいけないからだ。

 駅内で乗り換えるのではなく、駅を出て別の沿線の駅に向かわなくてはいけない。

 そのため真夜中の暗い時間に田辺恭一郎は坂道を駆け下っていた。

 いや、田辺だけではない。他の乗客もまた別の駅に向かって坂道を駆け下りている。

 それも仕方のないこと。

 なぜなら終電だから。

 次を逃せばタクシーか徒歩での帰宅になる。

 だから皆は走った。

 犬のフンを踏んだ? 知るか。

 羽虫が目に入った? 知るか。

 手袋を落とした? 知るか。

 財布を落とした? 知……それは大変だ。

 田辺は財布をすぐに拾い、走ろうとした。

 そこへ後続がぶつかって田辺はバランスを崩す。

 暗闇の中、双方は暴言を吐き散らす。

 声から察するに相手は女だった。

 田辺は動き出そうとした。

 その時、「ヒールが! どこ?」と女の悲鳴が聞こえた。

 どうやらぶつかった時にヒールが脱げてしまったらしい。

(ヒールで走るなよ)

 田辺の前に脱げたピンクのヒールがあった。

「これ!」

 女にヒールを渡すと、「これじゃない!」と返された。

 田辺は目を凝らして女のもう片方のヒールを見る。

 暗闇で見えにくいが白だった。

 田辺は自身の周囲を見るといくつもの靴が転がっている。

(なんだこれは?)

 いくらなんでも落ちすぎではないか。

 そんな中、白いヒールを見つけた。

 取ろうとした時、おっさんがタタラを踏んで田辺の邪魔をする。

「あぶっ!」

 田辺はおっさんを上手くかわす。

 躱されたそのおっさんはタタラを踏みながら坂を下りて、とうとうバランスを崩して隣の小川へ落ちた。

 パチャンという音に周りは一瞬ちらりと小川へ目を向けるが、すぐに坂を駆け下りていく。

 田辺は白いヒールを拾って女に渡す。そして小川に落ちたおっさんを助ける。

「すまない」

(終電はもう間に合わないな)

 田辺は諦めた。これはもうタクシーだなと。

 そして田辺は坂道をゆっくりと下りていく。

 おっさんや女。そして間に合わないと諦めた人達は坂を下りていく。

 田辺は坂を下りていくと次第に多くの異変を目にする。

 大勢の人が靴を探していたり、地面にこけていたり、小川に落ちたり、塀にぶつかったりしていた。

(なんだこれは?)

 暗闇の坂を駆け下りたのだ。そりゃあ、こけたりする者がいてもおかしくはない。

 けど、あまりにも人が多すぎる。

(異様だ)


  ◯


 後日、子供がいたずらで坂道に強力な粘着テープで輪を作り、それを地面に着け、さらに道中の段差防止カーバー外したり、砂を撒いていたことが判明した。

 動機は毎夜ドタバタと坂を駆け下りる音がうるさいからとのこと。

 それを受けて終電の時間、そして終電を逃した人用にバスが設けられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真夜中を駆ける者達 赤城ハル @akagi-haru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説