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ねむたい

本編

『君には三分以内にやらなければならないことがあった。それは、青い鍵を探し出し、青い扉を開けることだ』


 白い部屋、天井からぶら下がった丸い白色灯、白いテーブルに置かれた1枚の便箋。

 彼は青い文字で書かれたそれを見るが早いが、弾かれたように顔を上げた。

 テーブル向こうの青い扉。上部に嵌め込まれたデジタル時計が刻々と時を語り、残り2分45秒と指し示す。

 脳みその中心を握りしめられているかのように、目の奥がズキズキと痛む。眉間を抑えてふらつく足元のおもむくまま、右手の黄色い扉に体当たりをして押し開いた。

 その瞬間、まるで桜の花びらのように、床に散らばった数多の写真が舞い上がる。

 はつらつとした妙齢の女と、年端もいかない愛らしい幼女。そして、右頬に傷のある体格の良い男。

 遊園地のマスコットにくっついて笑顔を浮かべる三人、おもちゃを壊して泣く幼女と困った様子で座り込む男。そして、微笑む女の肩に手を回して夜景を共に見つめる同じ男。

 1つとして同じ写真ではないのに、必ず同様の人物が写っていた。

 ……誰一人として見覚えがない。

 それなのに、何故か涙が溢れ出る。写真をずっと見ていたいのに、顔を覆ってしまいたくなる。

 相反する思いが胸中に渦巻く中、彼は部屋の隅に積まれた写真の山を漁り、お目当てを探し出した。

 その傷のある男が、心からの満面の笑みを浮かべている1枚の写真。しかし、それは真っ二つに引き裂かれ、永遠に独りぼっちであった。

 吐き気を催しながら裏返すと、赤い字で『mementomori』と書かれている。

 彼は用無しとなったそれを放り捨て、床に散らばった写真を踏まないように白い部屋へと向かった。


 残り1分32秒。

 赤い扉の取っ手上に、ローマ字の暗号キーが埋め込まれている。

 彼はすぐさま答えを打ち込み、解除した瞬間に扉を開けると、また写真が舞い上がる。

 しかし黄色い部屋とは違って、それらはすでに破かれており、被写体も4人の少年たちであった。

 制服を着崩しピアスやタトゥーを見せびらかして、犬猫をバットで殴り、白い粉をパイプで吸っているその姿。

 ……誰一人として見覚えがない。ないはずなのに、熱湯を浴びたかのように全身がかっと熱くなる。とっさに足元に手を伸ばし、欠けた写真を無造作に握りつぶし、細かに引き裂いた。 

 そして部屋の隅に積まれた残骸の山を漁り、お目当てを探し出した。

 どこも欠けていない1枚の写真。

 真っ昼間であろうどこかの街中、首やら四肢やら欠けた少年たちが赤黒い水に横たわる中、一人だけ立ち尽くす人物の姿があった。

 鮮やかな赤い液体が滴る斧を携えた、右頬に傷のある体格の良い男。髪は真っ白でやつれ切っているが、黄色い部屋の写真で見た男にそっくりであった。

 とたんに、鈍器で殴られたかのような鋭い痛みがこめかみに走る。喉が狭まったように呼吸が出来ず、思わずうめき声を漏らした。

 しかし、彼の右手は意図せずに写真を裏返し、左手は貼り付けられた青い真鍮の鍵をもぎ取った。

 そして立ち上がり、明滅する視界と肩で息をしながら、写真を踏みにじりつつ白い部屋へと戻った。


 残り10秒。

 彼は正面の青い扉にかじりつき、鍵穴に鍵を差し込もうと躍起になる。

 『3分以内に『青い扉』を開ける』

 彼にとって、それが全てであった。

 それをしたら何になるのか、そもそも何故そんなことをしなければならないのか。

 彼は思い付きもしなかった。考える暇も余裕も、脳みそもなかった。

 残り5秒、4秒、3秒……。

 その時、ようやく鍵が差し込まれ、ガチャリと音を立てて右に回った。

 取っ手に手をかける。

 そして逸る気持ちのまま、青い扉を押し開いた瞬間、目の前が真っ白になった。



『君には三分以内にやらなければならないことがあった。それは、青い鍵を探し出し、青い扉を開けることだ』


 白い部屋、天井からぶら下がった丸い白色灯、白いテーブルに置かれた1枚の便箋。

 彼は青い文字で書かれたそれを見るが早いが、弾かれたように顔を上げた。



※※※※



「ふむ、これはこれは……脳を弄られ短期記憶も3分しかもたないというのに、まるで知っているかのように鍵の場所をすぐさま特定するのか。それにあの写真への反応……身体が覚えている……いや」

 

 同じ順序で色のついた部屋を行ったり来たりする、坊主頭で無精ひげの生えた男。それをモニター越しで監視する白衣の老人は、鼻息荒く興奮した様子でまくし立てていた。


「魂の記憶だ。人間には魂があるという証拠に他ならない。ああ、やはり私の研究は正しかった! 世紀の大発見だ!」


「……実験台に人間を使ってるって言わなければ、表の学会にも発表できそうッスけどねぇ」


 そんな彼の隣に座る眼鏡をかけた青年が、呆れたようにため息をついた。


「まったく……人権なんてない死刑囚モルモットなのに、どうしてやつらは認めてくれないんだ。尊い犠牲というやつなのに」


「囚人にも人権はありますよ。何言ってるんすか教授。しかもあの被験体は単なる快楽殺人犯では……」


「お前こそバカを言うな。あれは法の裁きにより死刑となり、われわれの手で有効活用している。この結果はのちに科学、医学、宗教、あらゆる分野で役立つかもしれないんだぞ新人」


 それを聞いた青年は、不満そうながら口をつぐんだ。


「お前は今度、モルモットたちの履歴をあまり見るんじゃない。入れ込むからな。それじゃあ俺のように立派な科学者になれないぞ」


「……あんたみたいなマッドサイエンティスト、御免被りますよ」


 白衣の男は機嫌良さそうに笑いながら「昼めし昼めし」と連呼しつつ出入り口に向かう。

 青年も重い腰を上げ、再度モニターに視線を向ける。

 黄色い部屋の中、右頬に傷のある男はぼんやりとした表情で、1枚の写真を見つめながらはらはらと涙を流していた。


「……『メメントモリ』。あなたはいつ、ループから抜け出せるんでしょうね」


 そして青年は、指先1つでモニターの電源を落とした。

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