第36話 富の行き場所

「窃盗をなくすことは出来ないかもしれないけれど、少なくする努力はしなければいけないわね、きっと」


 さち先生はこの点に関してそう言っていた。具体的にどうするという話しはしなかったが、一般の報道にも大きく取り上げられたこの文化的事業は、その一つのように思われた。古い本にばかり目を向けるのでは無くて、新しい本にも価値を見いだす。

「逆に更に古い本の価値が上がることも考えられますね」

との専門家の意見もあるが、選択肢はあった方が良い。しかも正常な流通でだ。

 マリはこの計画にさち先生が加わっていると考えてはいるが、ミントとはまるで暗黙の了解のようにこのことに関しては話さないようにしている。

本の制作の記録は、宇宙図書館の司書同様、マリも自由に見ることが出来る。

「地球時代にどうやって作ったのか」

きっと制作者達も発見の連続なのかもしれない。

 

図書館は、静寂に包まれたり、誰かの声が聞こえると、他の人も話し始めたりと、「ちょっとカエルみたいと」マリは少し笑った。


「本当にマットがあるの? 透明でほとんど見えないけれど」

「こちらの角度からだったら見えるよ」

「本当だわ、光の具合ね」


 実は極めて高い透明度を持つマットも、発端はここだった。

「安全のためとはいえマットの色が・・・」という意見は毎年のことだ。それがどうにかならないかと、巫女達は強く言っていたわけではないが、作り手の方が奮起をして、やっと形になったのだ。何十年越しであった。


「飛び降りてはだめよ」

「当たり前じゃないか、怖いよ」もう分別のつく子どもと来ている人もいる。

それを聞きながら

「図書館では静かにと言うけれど、私、ここで人の声を聞くのが大好きなの」

「いつも一人ですからね、マリは」

「二人よ、ミント」

そしてさち先生くらいの年齢の人が本では無く窓の方に行き、しばらく外を眺めたり、窓自体を細かく見たりしていたので、ちょっと彼女を悪いが念入りに監視してみると、ぽつりと呟いた。

「本当に綺麗に掃除が出来ていること。大変だったでしょうに」

やさしく窓のサンを撫でた。その姿を見て、マリは全てを悟った気がした。


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