第35話 解放日

「それでは皆さんこちらへ」


 宇宙図書館の司書は大勢の人を案内して保管図書館へ入ってきた。毎年恒例の公開日、人々は入るなり感動と喜びの声をあげる。年に一日だけ、本達はこの声を浴びる様に聞いている。

この日ばかりはマリもミントも一切手も口も出さない。仕事は完全なる警備員だ。あの日と同じ、モニターとにらめっこだった。


「私の説明はもういらないと思います。皆さん、時間まで存分にこの図書館を楽しんでください。各階には今から安全のため防護ネットを張ります。美観は損なわれますが、その分一階部分のマットは透明になっておりますので、お許しいただければと思います。

「それは良い、一階のタイルも美しいのに、全てを隠してしまうようなマットだったから」

年配の人の言葉に来館者は微笑み、それぞれの階へと向かった。さち先生と会った時の本屋さんの様だった。

 案内係の司書も自分の見たい所へと向かった。それは「そうするように、そうした方が良い」と判断されていた。巫女のことを聞かれても困るからだ。

だが、今回の来館者達は、本当にちりぢりに、各階に同数いるようになっていた。

「総司令部、というか宇宙図書館の人達がこうなるように選抜したのかしら? 」

「それはたまたまでしょう、マリ」

「でもよかった、全く人がさわらない棚もあるから。今回はそうでは無いみたい」

明るいミントとの声同様に、図書館でも楽しげな声が聞こえていた。

「前回、安全第一だろうけれど、あのマットの色はないだろうと感想を書いた。もう三十年前、来たのは。毎年応募は欠かさない、死ぬまで続けるつもり」

「それはすごい、見習います。本当に素晴らしい建物、美しい本だ」

宇宙中から集まった人々は、まるで近所の人と話すように短い会話を楽しんでいる。しかし彼らの知らないところで、水を差すような行為をミントとマリは続けなければいけなかった。そう、大丈夫と思っていても、本は守らなければいけない。

ミントとマリは監視を続けながらも、来館者達の会話を聞いていた。


「すごいわね、昔と同じ方法で本を作るなんて。きっとどこかの富豪ね、老婦人って噂があるわね」

「でも出来上がった物のレプリカは、誰でも買うことが出来るのでしょう? 」

「どれくらいするかしら・・・字も絵も手書きだなんて。すごいわ」

「半分この星が関わっているって聞いたけれど」

「ええ、私の知り合いはメンバーの一人なんですよ、絵を描くんです」

「すごい! 歴史に名前が残りますよ、素晴らしいですね」


 それは以前から言われていた計画だった。

印刷技術が誕生する前の本、つまり世界で、宇宙でたった一冊だけの本を作ること。だがそれは長い時間と多くの人という、効率と進歩とは真逆に近いことをしなければいけなかった。だが一方では「やって見たい」という人間の熱意も変わらずで、そして実行に移した人物、それは表には一切出てこなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る