第34話 心からの手紙
心からの手紙
この大規模で綿密な計画は、マリとミントの予想通り多くの人間の関与が判明した。解雇、減俸、厳重注意と、ありとあらゆる処分が今度は予想に反して速やかに下されたが、このことは公には全くならなかった。未然に防いだ事と、総司令部が権威の失墜を恐れているのかわからないが、この点に対しては巫女の権限は無かった。
図書館での現場検証は早すぎる程に終わり、滑り落ちた五階の手すりに塗られた薬剤を念入りに落とす事が事件後の最初のマリの仕事だった。そしてやはり本の虫干し、洗浄と、毎日が忙しい肉体労働の連続。そうやって過ごしているうち、珍しいものがマリの元に届いた。
「手紙? あの業者さんから? 」
「ええ、彼の母親からですマリ、申し訳ありませんが、安全のため私は先に透視して読みました。これは・・・・・記念になりますよ。この言葉で良いのかどうかわかりませんが。ぜひどうぞ」
ニコニコとした感じのミントの声を数日ぶりに聞いたマリは、素手で手紙を開けた。仕事上の書類を開ける時でさえ、実は巫女は手袋をする。だがこれはそのままマリが持っていて良いということだ。
封筒を開け、カサカサというほんのり薄いピンク色の便せんの立てる音が心地よく部屋に響いた。
「他の人からの手紙なんて久しぶりだわ」
マリも穏やかだった。
保管図書館管理者様
先日は息子がご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした。そして命をすくっていただき、これ以上の感謝はありません。
従業員の事に関しましては、警察の方から何も言わないようにと言われておりますし、私どもも、彼の変化に全く気が付きませんでした。最悪彼が息子を殺す事となったかもしれないのですが、不思議と恨みが少ないのは、息子が生きていることが何よりも嬉しいからなのかもしれません。
実はあのこと以降、息子は私達を含め、周りが驚くほど落ち着いた人間になりました。言動の全てが大人になり、仕事も熱心にこなしてくれています。
彼が自分を殺そうと思ったことに対し、精神的なダメージは無いのかと息子に聞いてみましたら
「それ以上に彼女がすごく可愛かったから、大丈夫」と答えました。
夫が心配して
「絶対に彼女の話はするなよ」と釘を刺したところ
「わかっているよ、命の恩人が危険になる事なんてするわけ無いじゃないか」これがあの息子かと思えぬほどです。
実は息子は、幼い頃は聞き分けが良くて、とても素直でよい子でした。それが一度遊具の高い所から落ちてしまい、それ以来ちょっとおかしくなってしまったと言うのが私達の見解でした。それが元に戻ったというのは変かもしれませんが、「もう一度、高い所から落ちたんだろう? 」という親類もおります。
今回の事は私達にとっては感謝しかありません。これから先、きっと息子も私どもも美しい図書館がくれた贈り物と思って過ごしてゆけると思います。
直接にお礼を申し上げることは出来ませんので、息子にも手紙を書くようにと勧めたのですが、写真を一緒にと言うので同封いたします。
それでは、お体にお気をつけて。
マリは一枚の写真を手に取った。写真の隅に
「ありがとう」と書かれた、花の写真だった。
「マリ、その花はあなたにぴったりです」
「そう、別の花ではだめなのかしら? 」
ニコニコとしたマリの笑顔も久しぶりだった。
「別の花が良かったですか? 青ユリとか? 」
しばらくミーちゃんと花の話しをした。
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