第33話 事件直後と不思議な事

 落下する人間の速度を落とすため、各階の自動ワゴンは下方からの強力なエアーを彼の体に噴射していた。その音を消すための大音量の警告であり、また、マットが無いように見えるため、透明のものを使用していた。だが、やはり小さなマットをつぎはぎしているので、上から見れば何か別のものがあるのがわかってしまう。なのでマットなど無い映像をわざわざ映し出していた。そして本当に残酷だが、床に人が落ちた音まで流した。


「マリ、同僚の男性は確保され、緊急対応の職員の何人かも同じ事になりました。ちょくちょく時計を確認するような行動は、普通はしませんからね。

緊急なことが起こる準備を、前もってしているのも異常なことです。

で、落下した本人の話によると、「五階の手すりを渡りきったら、金をやるよ」

と言われたそうです。例の彼から」

「なるほど・・・とにかく怪我が無くて良かったけれど、ここの現場検証はするのかしら? 」

「しばらくそのままにと言う事です。検証よりも犯罪計画の解明の方が急務です。あ・・・・マリ・・・・・」

「どうしたの? 」

「さちに伝えなければいけませんね」

「あ! では首謀者を取り押さえることが出来たの? 」

「ええ、 やっと」

「ミント、でもそれは私からではなく、あなたの口から伝えて」

「マリ・・・そうした方がよいでしょうか? 」

「ええ、きっと喜ぶと思うわ、さち先生も」


 その日は全く図書館に入ること無く、マリは自分の部屋に戻った。そうしてやっと、一番不思議な事を二人で話すことが出来た。


「あなたは名前なんか一言も名乗っていないのに、どうして知ったのかしら? 」

「マリ、あなたは彼が落下するとき、ごめんなさいと言いましたか? 心の中で」

「それはもちろん・・・・だってマットがあることがわかっていたら、気絶することも、ご両親も、会社の方もあんな苦しい思いはしなくて済んだでしょう? 完全に未遂に終わらせる計画では無かった、逆に実行させて、犯人をあぶり出したのだから・・・・・本当に悪かったと思ったの」


「あなたはずっとここにいた。それなのに、彼には見えた、彼に謝るあなたの姿が、声が聞こえた。私に彼の安否をすぐに確認して、安心してすこし微笑んだやさしい顔も。本当に不思議です」


 その日の夜、いつものように夕食を食べた後、部屋に甘い匂いが漂った。

「お祝いというのは変ですが、マリ、疲れたでしょう? ケーキを焼いてみました」


「ありがとう!! ミーちゃん!!! 」

マリはやっと言いたい言葉が言えて、二人の大きな役目は一段落した。

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