第32話 大きな音

 

 五階から人が落下している姿が、こんなにゆっくり見えるのかと同僚達は不思議には思ったが、警告音は最大級となり、ここにいる一人の人間を除いて、その音がまさに心だった。


 数秒後、自然落下の物理法則のまま、息子は一階に落下した。

「ドスン」

という重量物が固い地面に落ちる音がした。


両親の心中は察するが、マリはミントに確認した。

「変な姿勢では落下しなかったわよね、ミント」

「ええ、動かないのは、気を失っているからです」

「彼、下を見るふりをして、滑ったところを拭いている・・・すごい・・・」

「計画的すぎますね、逆にそれが命取りです、一網打尽に出来そうです」



 両親も、ベテランの男性も放心状態だった。だが、行かなければならなかった、行ってどうなるというわけでもないとわかっていながら、動き出すと今度は全員パニックになっていた。

だが、 だった。

「え? 」

一階に着くなり、彼らは全く動かなかった、動けなかったからだ。障害物、人の身長を遙かに超えた物が吹き抜け部分一面にある。そして横たわった息子は自分達よりも上にいる。

「マット??? 」「いつ設置した? 」「完全に透明だな、すごい」

そのマットが、徐々にしぼんでいくに従って

「現在の彼の脈拍は正常です。落下のショックで気を失っていますから、やはり後で精密検査を受けた方が良いでしょう」

「ありがとう!! ありがとうございます!!! 」

三人は涙ながらにミントにお礼を言って、空気が抜けて、やっと歩けるぐらいのでこぼこマットの上を進んで行った。

「おい! 大丈夫か? 」「どこか怪我はない? 」「よかったなあ! 完全に死んでいたぞ」

そんな中、男の子はゆっくりと目を開けた


だがその目がモニターですらまるで別人の様に見えた。

落ち着いた、穏やかで、心地よさまで感じるような目、そして、

上の方を見つめた。ネズミのいたあの階だ。そうしてゆっくりと

「どうして俺にあやまるの? 悪いことしたのは俺の方なのに。大丈夫だよ、怪我はない、ありがとう」

そう言った。

「何を言っているんだ? 大丈夫か? お前・・・・・」

「うん」と体を起こし、上に向かって

「ごめん、ミント、迷惑かけて、彼女にも伝えて、ありがとうって。それと・・・・

あの・・・・・とっても可愛いねって」

それには答えなかったミントは

「とにかく他の方も検査は受けて下さい、皆さんも心労で大変だったでしょうから」

「あ・・・どうも・・・・」

「時間的に丁度良いですね、丁寧に仕事をしてくださってありがとうございました。防護ネットが間に合いませんでしたので、このようになってしまいました。

このことであなた方に支払われる金額が減ることはありません」

「良かった・・・・・」

「お前が言うな!! 」父親は息子を叱ったがミントは

「申し訳ありませんが、今回の事は内密にしていただきたいのです。出来ればあまり息子さんをひどく責めるのもお止めいただきたい。それが我々としては「情報漏洩」になる可能性があるという事です、よろしいでしょうか」

「はい、家の中だけの話しにします」「そうしていただけると有り難いです」

ミントの会話の最中、マリは例の男性の行動の一部始終を細かく見ていた。

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