第22話 別れと愛情

 「どう、色々と忙しいでしょう? 」

二人はあの思い出の場所で飲み物とお菓子を広げていた。喫茶店でもとサチは言ったのだが、マリはやはりどうしてもさちに聞いてみたいことがあったからだ。

「私の年齢のことで、色々と大変だったのではないですか? 周りを説得されるのも」

「ありがとう、そのことまで考えたのね。でもあなた以上の適任者はいなかったの。あと何年か待ってと思ったのだけれど、ごめんなさいね、ちょっとこちらの事情で」

さちが、この前より疲れた感じに見えたので、マリはそれ以上聞く事を止めた。話しはより現実的な、図書館星に着いたら、どこに行けば良いのかと言う事になった。

「私もそうだったけれど、図書館に着いたら色々な不安はなくなると思うわ。しなければいけないこと、勉強することが多すぎて。じゃあ待っているわ、マリ」

その日、別れ際に言われたことを、マリは素直に受け取った。

また、このことをわざわざ直接言いに来てくれたことが本当に嬉しかった。

「私本当に巫女になるんだわ、まずは見習いだろうけれど」

司書の勉強はもちろん巫女には必要だった。膨大な本の管理を一人で行うのだからそれは当然である。また本自体の歴史、素材、印刷技術、今後おこりえる劣化を、ある程度科学的に解析する知識も学ばなければいけないはずだ。


「そう、これからはずっと死ぬまで勉強だわ。何かを発明したり発見したりということではなくいけれど、この仕事はとても大切、後生に残していかなければならないのだから」

もちろん不安も心の中にあるのだが、それともきっと一生付き合っていかなければならないことも理解した。


そして、出発の日がやって来た。

宇宙ステーションに向かう空港での家族との別れは、やはり寂しさと、嘘をついている後ろめたさで、かなり複雑な気持ちだった。でも久しぶりに家族が涙を流し、潤んだ目で自分を見てくれたとき、マリは自分がやはり「家庭的に恵まれた存在であった」と改めて認識出来た。だからこそ巫女になれるのだと。まだ幼い弟、妹達にも本当に感謝を捧げて、彼女は星を去った。

 第一鉱山星を宇宙から見たのは二度目だった。ある部分は赤紫に、他は青紫、そして深い青い色、美しい星。昔は生活の明かりでこの色が見えにくかったという。今の方が美しい星であった。マリは幼い頃、宇宙旅行を一度だけ体験したことがある。だが他の兄弟達は全く行ったことがない。


「この仕事なら、家族旅行をプレゼント出来るかしら」そんなことを考えながら


第一鉱山星の宇宙ステーションから、数日かけて図書館星へと向かった。

図書館星の宇宙ステーションから星を見たとき、ものすごい光の形が浮き上がっていた。それはもちろん家の、道路の明かりであり、それが寄り集まりできたものだった。

「そうよね、人口が膨れ上がっているって言っていた。この星は今一番栄えている星かもしれない」

皮肉なことに、育った星とは真逆の所に来てしまった自分を、マリは悲しいと言うより、これが人生なのかと悟った様な気がした。


 さち先生が指定した場所は、本の博物館だった。今でも色鮮やかな、地球時代の何冊かの本物の本と、レプリカの作り方の行程などが展示されている。その博物館にある、複雑な壁で死角になるように作られたくぼみがあって、そこには人一人がやっと通れる位のドアがあった。指定された通り、そのドアを開けると、小さな明かりの灯った通路があり、そこを一分ほど歩いただろうか、見なれたものが目に入った。それは大きな図書館には必ず設置されている、簡易健康チェック装置で、大きな筒状をしている。感染しやすい病気にかかっていないかと言う事を調べるのだが、だがここにあるのは、普段見ている透明な筒ではなくて、かなりしっかりとした造のものに見えた。

「そうか、これが詳しい健康チェック装置なんだ」

普段なら一分もかからないものが、その中で15分以上立ちっぱなしで、色々な光線を浴びたためだろうか、終わったときにはふらついてしまった。

 そしてそこに待っていてくれたのは、もちろんさち先生だった。

「最初の健康チェックは必要なの、巫女としてね。本当に悪いときはもちろん病院に行くけれど。あなたも我慢しないで、そういうときは行って頂戴ね、健康は大事よとても」

「はい、さち先生」

その通路はあれ以来通っていない。健康チェックカプセルはこの日以来撤去されている。図書館内に設置されているからだ。入館前の精密検査と言う事だ。

さちは最初に図書館に案内した。

そのときのマリの目は、本当に来てみたかった所、自然であるとか、建造物であるとか、長年の夢がかなった喜びに満ちていた。色々な方向を見ては微笑み、まるでここにある本の全てに、丁寧に挨拶をしたいと思っているようにさえ見えた。

 そして、それに本も答えているようにさちには思えた。

「あなたがやって来て、本が喜んでいる、マリ」

「え? 」

「年寄りより、若い子の方が良いってみんな言っているみたい、フフフ」

「そうでしょうか・・・」

返答に困ったマリの顔が、サチにはとても愉快に思えた。

「ミント、彼女がマリよ」

サチは誰もいない図書で、話しかけた。

 

「こんにちはマリ・・・・はじめまして、私はこの図書館の管理を手伝っているAI

ミントです」


ゆっくりと始まったミントの声は、一音一音発せられるに従って、マリは自分に対する愛情と信頼が満ちていくように感じた。

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