第15話 限界

 第一鉱山星、この星の輝かしい通り名は、いずれは過去になるものだと人々にはわかっていた。しかし鉱石の質が極めて高く、幸運な事に人類が調査した以上の埋蔵量があり、数百年に渡りこの星は繁栄し続けてきた。

鉱山を掘り当て、巨万の富をなした人間が数多く出てきたので、彼、彼女達の寄付により、大きな「本の図書館」がこの星の至る所に出来た。これを羨む人が宇宙にどれだけいるだろう。この星で生まれ育ち、生来の資質などもあいまって、マリは本がとても好きな子に成長した。親類から「プレゼントは何が良い? 」と聞かれたら「本! 」と明るく返す、聞き分けのよい女の子に、周りも微笑んでいた。

 しかしながら、自然は急だった。数年で鉱石はほとんど採れなくなり、相次ぐ閉山で人々は仕事を求め、家族ごとこの星を去って行った。マリの父は責任者の立場にあり、簡単に星を離れる事が出来なかったが、弟、妹達へのプレゼントの質が下がっているのは、子どものマリにも、目に見えて明らかだった。自分を含めた5人のこどもを育て上げるのは、決して楽ではないと日に日にわかるようになり、自分の大切な本を売ってお金に換えようと思ったこともあった。

しかし両親はそんなマリの気持ちをわからないほど愚かな人達ではなかった。世間一般的にみれば「善良な人」であることは理解できたし、むしろそれをある種冷静な目で見ている自分の方が「冷たい人間」であるとさえマリは思えた。

 父親は現場の責任者であったが、いわゆる「たたき上げ」の人で、明るく

「マリは賢いなあ、お母さんに似て良かった」といつも言っていた。


「星の特待生に選ばれてね・・・将来司書になる勉強をしているんだ。費用は全部総司令部が出してくれる。本好きで司書になりたいとは言っていたから、神様が与えてくれた幸運だ。本当に親思い、兄弟思いの娘だよ、誇らしい」

以前そう父親が言っていると、母親から聞いたが、その時は当然のごとく

「学校はどう? 楽しい? 」

「うん、勉強することがいっぱいあって大変だけれど、他のみんなは?」

「それがねえ、この前大けがして」「本当? どうして知らせてくれなかったの? 」

母親はマリの事を心配しているが、きっと日々の生活の忙しさが、それを遙かに超えているのだろう。そしてまさか自分の娘が、世間一般ではその存在を信じられてはいない「宇宙でたった一人の図書館の巫女」

であるとは思いもしないだろう。

 マリは今では何故自分がここにいるのかよく理解が出来ていた。家庭環境もかなり重要な要素なのだと言うことを。つまり自分の娘が「図書館の巫女だ」と決して言わない親でなければならない。画面合成で作り上げた学校と、友達の姿に「違和感」を感じるような、あまりにも賢い親ではだめだと言う事なのだ。

そして巫女本人が様々な特権に舞い上がらないこと。

自分もそうだが、総司令の罷免権があると言ってもそれは

「本を燃やす者は、やがて人を燃やすようになる」という格言からのことで、

この長き、地球時代からの人類の遺産を、一人の宇宙総司令が「必要ない」と判断した場合のみに行使される。

もちろん実際にそんなことは起こっていない。

建物の管理費も、巫女の人件費は高いとは言え、それほどかかる施設ではないのだから、資金不足はおかしな理由でしかない。この図書館は宇宙の続く限り存在し続けなければならない。


 マリが巫女の話しを聞いたのは、誰からだったのかわからない。だが図書館で聞いたことは覚えている。帰り道に母親と手を繋ぎながら、夕暮れの、あの青ユリのような紫色の空の中を歩いた。空の色がこの色なのは、長年にわたる採掘時の細かな粒子が舞っているからだった。その空の下、

母親のお腹の中には赤ちゃんがいて、マリは兄弟が出来る喜びでの中

「お母さん、図書館の巫女っているんでしょ? 」

「まあ、マリ、誰から聞いたの? 」ちょっと驚き、怒った様な母親の声に

「うーんと・・・誰かな、知らない人、ねえ、お母さん、図書館の巫女って何をする人なの? 」

そのマリの言葉にちょっと驚いた母親の顔を、今でも覚えている。マリは母親が嫌な顔をした時点で、いつもならばだまってしまうような子だったからだ。

母親はマリがもしかしたら、赤ちゃんに自分を取られる寂しさからかと思い、真摯に答えた。

「そういう人がいると言われているのよ。マリは本が好きだからわかるでしょ? 本は高いものだから、本当に本物の、地球の木と動物の皮で作られた本ばかりの図書館があって、その図書館の本が盗まれないように、たった一人で守っている女の人、それが図書館の巫女といわれている人なのだけれど、本当かどうかわからないわ」

「守るのなら・・・男の強い人が良いよね。それに本は重いから女の人は大変だよね」

「そうね、マリは賢いわ。この子が生まれたら、絵本を読んであげてね」

「うん! いっぱい読んであげる!! 」

 兄弟が増えて、毎日のようにみんなに本を読んであげると、弟、妹達は母親よりマリの言うことをよく聞いた。家の中は騒がしかったが、明るく楽しい雰囲気は幼い子達特有の力だと楽しく思っていた。だがやはり自分の将来のことを考えると、多少表情は暗くなっていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る