第6話 買い物漬け

 この日ほど、将来買い物することはないだろうとマリは思った。おそろいの栞から、お互いの普段着、マリのよそ行きの服。

「先生・・・こんなに沢山」

「マリ、だってこんな時でないと若い人の服を売っている所なんて行かないでしょ? 私も楽しいのよ」

「そうですか、じゃあどうです? 民族衣装を売っているお店とか。先生は龍星の物をお持ちって聞きました。私も一人だと入り辛くて」

「ええ、行ってみましょうか。そういえば龍星の服、私には無理かもしれないわ。今度あなたにあげましょうか、マリ」

「え? でも・・・」

「写真を送るわね」

彼女達二人の会話を聞いていても、まさか巫女二人とは思わないだろう。

しかし二人は合間合間で、色々な確認をしていた。不審な人物が自分達を監視していないかということを。

誰でも持つことの出来る「不審者確認装置」を更に強力にした物である。政府要人、俳優歌手などの有名人が使っている。巫女達は常に最新式の物が支給され、巫女を止めた後でも変わらない。

「変に私達をつけている人もいないな、良かった」

このことは二人ともアイコンタクトでわかっていた。そして最後に行ったのはアウトドアのお店。

「この子ったら、すぐに引っかけて穴を開けてしまうんです」

「でしたら、ちょっと値段ははるんですが、人工の蜘蛛の糸のものはいかがでしょう」年配の男性店員はさち先生とレインウエアーの歴史を楽しく話しながら

「そうねえ、仕方ないわ、可愛いこの子のためだもの」

「お孫さんですか? よく似ていらっしゃいますね、美人で」

その会話に、マリはちょっとおどおどしてしまった。値段の事も容姿のことも。さち先生はいかにも美しい老婦人であるが、自分はある程度大きくなってからは正直「可愛い」と言われた事も、自分でそう思った事も無い。しかしレジの男性も商品を自分にとても丁寧に、しかもどこか緊張した雰囲気で渡してくれたし、店に来ていた大学生くらいの若い男性のグループは自分達を見て、嬉しそうな顔をしている。話し声も聞こえてきた。

「きっとそうだよ、だってあそこは平日外出が許される学校なんだから」

「代々あの学校なのかな」

その言葉の意味は、二人には簡単過ぎる謎解きであり、悪いが彼らの誤解の上に軽く乗らせてもらった方が得策のような気がした。

高価なレインウエアーを買って彼らの前を通り過ぎるとき、ちょっと会釈をすると、彼らは完全なまでに騙されてしまった。

この星にある、宇宙でも指折りの有名な学校。高額な授業料と、生徒の特殊な選抜において、やはり一つの憧れになっているには違いなかった。

二人はしばらく歩き、人気の無い公園のベンチに座り、逆に無邪気な女子高生のようにちょっと大きめの声で笑った。

「あなたはともかく、私の着ている物なんて、大した服ではないから、あの学校の卒業生にはみえないでしょうに」

「でも私、たまたまあの学校の生徒と父兄がいるところを何度か見ましたけれど、確かにすごく高価なものを身につけている人もいましたが、そうじゃない方もいました」

「そうなの、昔はあの学校では親が私服を競うようになっていたと聞いたわ 。

時代も変わったのかしら。まあ、昔から「お金持ちほどケチ」って言うものね」

「先生が美人だからでしょう・・・」

「マリ、違うわ、あなたは・・・良い方に変わったのよ。自分の顔を造ったのよ、自分自身で、美しく、心も多少痛めながら」

「え? 私は・・・それほど何もしていませんが」

「私達はほとんど人と会うことは無いけれど、本の中で疑似体験をする、きっと読まなくても・・・」

さち先生は言葉を止めた。これ以上は誰かが聞いていたら困る話になるからだ。

「さあ、学生達が大勢になる前にあなたは帰った方が良いわね。荷物が多いから、守衛さんのところから入った方が良いと思うわ」

「そうですね、ちょうどロボットと交代の時間ですから」

夜間は人間でなくて、ロボットが一般の宇宙図書館の管理をする。さち先生にとって、全ては時間通り、それに今日は天気も良くて、二人でショッピングするには最適な一日だった。

「マリ、忙しいかもしれないけれど、良かったら・・・また誘ってくれると嬉しいわ」「もちろんです、先生!! 」

「じゃあまた」「ハイ」

上品なお嬢同士の会話でなく、ごく普通の、心のつながった温かなやりとりを二人は本当にうれしく思った、一瞬、それは残念ながら、二人ともそうだった。

「本当に心豊かな女の子、お嬢さんになったこと。間違いなくマリの心はあの場所で昇華している。でもかごの鳥には変わりない・・・私は・・・あの子の人生を・・・・」

彼女達は「巫女」である。もし結婚するとなれば、この職を退かなければならない。それは絶対的な決まりなのである。彼女達の守っている物はとてつもないお金になるのだから。


「まだマリが巫女になって二年、とにかく大きな事が起こらなければ良いけれど」


さちはそう願ったが、巫女は、やはり得意な力を持った、特殊な存在であった。



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