8/1① 思わぬ参列者


 皆川賢人オレは、いい加減に自覚した。嫌でも自覚せざるを得ない。

 頭から浴びる熱いシャワーは、何時いつもとはまるで違う水流つる……

 筋肉や骨の形、浮き出た血管さえもその流れを変えている。

 目の前に垂れ下がる前髪は緩くパーマがかかっている。

 猫っ毛のオレには有り得ないヘアスタイルだ。

 右手の人差し指と中指の間から、ヤニの臭いがする。


 阿久津蓮也アイツは、この手で幾人もの人達を殺めてきたんだ……


 オレは、皮膚が擦り切れるほど荒々しくカラダを洗った。


一華いちか、次どう……ぞ」


 疲れたのだろう。

 一華は、ソファーで丸くなり眠っていた。 謎に包まれた女子ひとだけど、悪いヤツでは無い事だけは分かった。


 ベッドに寝せてやるか。

 オレが一華を抱き上げた時だった……


 っ!!


「ちょ、ちょっと!何してんのよ、キミ?!!」

「何って、ソファーなんかで寝たら体痛くするだろ。今、ベッドに移動……」


 オレの腕に抱かれている彼女は、頬を真っ赤に染めてカラダを強張こわばらせていた。

 オレは、そんな彼女を愛らしく感じていた。



 三日目 8月1日 7:52


「拉致る」

「ら、拉致……ゴフッ!ゴホッゴホッ」


 オレは、一華の言葉におにぎりを喉に詰まらせた。彼女は、口元に手を当て嘲笑ちょうしょうした。


「昼間っから堂々と拉致なんて出来るかよっ!?それに、阿久津アイツは強いぞ?」

「あのね、昨夜ワタシがシャワーを浴びている間に寝たくせに……こっちは一晩中考えたのよ!ったく」


 一華は、頬ばったあんパンを牛乳で流し込み、話を続けた。


「確かに強いけど、ワタシ達二人ならイケるでしょ?!重要なのは、もう二日目って事。残り五日でどれだけのチャンスがあるか分からないのよ。葬儀に出席した後、一時的に県外にでも身を隠されたらお終いでしょ?」

「いや、まあ、確かに……」

「さっさと拉致って、ボディ・スワップしてしまえばワタシ達の勝ち。後は警察に突き出すだけ」


 多少、無理はあるが他に良い手は浮かばないし、一華の言う通りチャンスは少ない。


 10:30


 オレ達は、家から斎場へ向かう路地で、阿久津が現れるのを待った。


「う……緊張してきた」


 オレは、異常にプレッシャー負けするタイプだ。何か大事な時に、必ずと言っていい程失敗する。洋介を救えなかったのも、こんな自分のせいだ。


「葬儀は11:00から……そろそろね。気を抜かないでよ」


 オレは小さく頷いて、阿久津が現れるのを建物の陰で待った。それから5分も経たぬ内に、ヤツは姿を現した。


「来た!いい?ワタシが合図したら飛びかかるわよ!」

「あ、ああ……分かった」


 鼓動が高鳴る……脈が波打つのを感じる。

 そして、一華が手をあげて合図をしようとした瞬間……


「待って!誰か来た!阿久津の後ろ!」



 同刻、同所……


「ふぅ、面倒臭っ。何でボクが殺したヤツの葬儀に行くんだよ?さっさと済ませて、念の為五日ほど身を隠すとしますか……っ!!」


 皆川賢人(阿久津)は、背後に気配を感じ素早く振り返った。


「賢人君……心配してたんだよ?電話も出ないし、全然既読も付かないから……」


 誰だ?この女子高生ガキは……?


「け、賢人君……?」


 女子高生は、賢人(阿久津)の表情を見て、本能的に後ずさった。

 おっと、ヤバい……殺気が伝わったか?笑顔、笑顔……。


「あ、えっと……ごめん。ショックでスマホを開く気も起きなくて」

「そ、そうだよね。こんな事が起きてしまって……辛かったよね。ごめん、彼女失格だね……」


 なぁるほど!彼女さんね?

 まあ、皆川君もそこそこのイケメンだし、彼女くらいいるか。このちと雰囲気……イイトコのお嬢さんだね。


「会いたかったよ……」


 賢人(阿久津)に抱きしめられた彼女は、一瞬カラダがビクついたが、彼の温もりに安堵し、直ぐに脱力した。


「は、恥ずかしいよ、賢人君……」


 くぅ〜、イイネ!

 身を隠すの……やーめたっ♪

 暫く楽しめそうだ。この期を逃すのは惜しい。

 阿久津は、薄ら笑みを浮かべて更に彼女を強く抱き締めた。


「あのヤロウ!」

「待って!落ち着いて!」


 一華は、今にも飛び出さんばかりの賢人オレを、カラダを張って止めた。


「今出て行ったら!捕まるのはキミよ!」

「クッ……クソッ!」


 オレは拳を強く握り、歯を食いしばった。


「ねぇ、あの子は……?」

花房響子はなぶさきょうこ……オレの彼女だ」

「えっ……!?あの子が……?キミの……彼女?」


 一華は、何故か目を丸くしてカラダを震わせた。


 オレはこの時、一華の胸の内など知るよしもなかった。























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