7/31① 謎の女子高生

 皆川賢人オレは、大雨の打ち付ける真っ暗な山ん中を走ってた。


 ハァ……ハァ……ハァ……


 何で……何でこんな事に……?

 何でオレが警察に追われるんだよ!

 クッソォ!痛ぇ、脇腹の出血が止まらない。


 ハァ……ハァ……


 オレのカラダは、本当に阿久津蓮也あくつれんやと入れ変わったようだ。

 何せカラダが言う事を聞かない。

 骨格も筋肉も、動き方も別人……いや、文字通り別人だ。


 何も見えないし、聞こえない……

 このまま闇雲に走っていても……


「あっ!!ヤバ……」


 あぁ…………

 洋介ようすけ……オレも、わ。


 オレは、急斜面から勢いよく転げ落ち、地に背中を打ち付け、そのまま気を失った。





 パチッ……パチッパチッ……


 ん?こ、これは、焚き火の音……?

 水の流れる音も微かに聞こえる。

 オレは、聞き慣れたキャンプのささやきで目を覚ました。


 ここは……テントの中か?


「うっ!」

 カラダ中が痛ぇっ!

 そうだ、オレは急斜面から転げ落ちたんだ。助かったのか……

 て、事は……洋介も、本当に、死……

 オレは、涙をこらえて現状を把握する事に頭を切り替えた。


 しかし、何故テントの中に……?

 ハッ?脇腹に手当てした痕、包帯まで巻いてある。

 オレは、慣れないカラダをゆっくりと起こし、テントのチャックを開いた。


 聞こえた通り、目の前には焚き火が。そして、30m程先に川が見える。辺りは木に覆われてるから、まだ山ん中か。


 テントから出ると、痛いほどの日差しで、思わず手をかざし目を細めた。


「あ……」

 やっぱり……オレの手じゃねぇ。

 手の大きさや、辺りを見る目線の高さで、阿久津蓮也あくつれんやのカラダと入れ変わった事を改めて思い知らされた。


 ん?誰かいる?

 オレは、川辺に人影を見つけると、足音を殺し警戒しながら近づいた。


 え、制服……?

 女子高生……?

 オレは、長い黒髪の女子高生(?)に話しかけた。


「あのぅ、すみません……」

「……」


 む、無視?


「あの、もしかしてオレの事助けてくれたりなんかしたり?」

「うん」


 彼女は、振り返る事なく二つ返事で答えた。


「あ、あのぅ……オレってどんな状態で?あ、今日って何月何日何時でしょ……」

「ねぇ、キミ!見て分かんない?ワタシ釣りしてんの!そんなにベラベラ喋ったら魚が逃げちゃうでしょ!」


 不機嫌に振り返った彼女は、綺麗で……どこか哀愁あいしゅうが漂って見えた。


 あっ!やべぇ!!オレって、見た目阿久津蓮也じゃん!!

 咄嗟とっさうつむき、顔を隠すように緩いパーマを手で押さえた。


「……何してんの?キミのせいで魚逃がしちゃったよ。テントに戻るよ」

「え……、あ、うん」


 っ!これって……!!

 彼女が手にしている釣り竿と仕掛けは手作りのモノだった。

 一体何者?地元の釣り名人……?

 テントへ戻ると、焚き火の前に椅子を用意してくれた。

 え……?ちょっと待て……五徳ごとくも手作り!

 焚き火の上に組まれた三角形のソレは、木の枝で作られたモノだった。

 かなりのキャンパーのようだ。


「あのぅ、キャンプはよくするんですか?」

「別に。しない。てか、むしろ嫌い」


 彼女は、目も合わせず素っ気ない返事で作業していた。


「あ、そうですか……」

 ん?待てよ……これだけキャンプの達人なのに、何故……制服?

 まさか、他に誰かいるのか?

 オレは、辺りをキョロキョロと見回した。


「誰もいないよ。ワタシひとり」


 うっ!み、見透かされた?!

 いや、そんな事よりオレの……阿久津の顔を知らないのか?指名手配のはず……。


「あ、あのさ……オレの顔、何処かで見た事な……うぉっ」


 彼女は、オレの話をさえぎるようにカップラーメンとコンビニのおにぎりを二つ渡してきた。


「早く食べて。


 時間が……無い?

 どういう意味だ……

 本当に分からない、一体何者?


 オレは、食べた。

 とにかく腹が空いていた。

 あっという間に平らげて、彼女にお礼を述べた。


「あの、さ……君は何者なんだい?」

 オレは、ストレートに質問をぶつけてみた。


 彼女は、黙ってカップラーメンの汁を飲み干した。

 答える気は無いらしい……。


「じゃあ、質問を替える。オレの顔……知らないの?」

「知ってる。今、どのチャンネルをかけてもキミの顔が出てくる。誰もが知ってるよ、指名手配さん」

 彼女は、平然とそう言ってカップラーメンの底に残った麺を箸でまさぐった。


「ちょっ、ちょっと待て!知っているのに何故オレを助けた?」

 何なんだ一体?訳が分からないぞ……あ!まさか……


「け、懸賞金か?金がかかったのか?!」

「ぷっ、何それマジウケる」

 彼女は、初めて表情を緩ませた。


「じゃあ、何で?どうして指名手配の凶悪犯と知っていて助けた?」


 さあ、何を答える?

 オレは、固唾かたずを呑んで彼女の返事を待った。


 彼女は、初めてオレと視線を合わせると、こう言った……


「だって、キミ……君、でしょ?」


「なっ!!!」


 オレは、座っていた椅子を素早く折りたたみ、両手で構えた。


「お前……何者だ?」
















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