7/30⑤ 皆川賢人⇆阿久津蓮也


 夢?

 夢……なのか?

 幻想か?


 洋介の死を目の当たりにして……

 阿久津蓮也あくつれんやという男の鬼畜の所業を肌で感じて……

 皆川賢人オレは、パニックにおちいっている。

 目の前にいる自分の幻も、洋介の死も、全て夢だ。

 そうだよ、こんな事有り得ないよ。

 オレはどうかしてた。



「おはよう、君」

 目の前のは、おぞましい笑みを浮かべて口元の血を手で拭った。


「え……?う、うっ、うわああぁっ!」

 何だよ?何なんだよっ?

 オレって、こんなに恐ろしい表情が作れたのか?!


 夢だろ?……夢のはず……


「うっ……痛ってぇぇえっ!!」

 の脇腹に、ナイフで切り裂いた傷が?!

 コレって……阿久津蓮也あくつれんやが自分でつけた傷のはず……?!

 なんで、皆川賢人オレの脇腹に?


「その驚き方を見ると、 知らないようだね?皆・川・君♪」


 知らない……?一体何の事だ?

 賢人オレの姿をした阿久津は、ニッコリと微笑んだ。


「ボクね、なんだ」


「ス、スワッパー……?」

「そう!ボクはね、ボディ・スワップが出来るんだ。まあ、簡単に言うと他人と事が出来るんだ」

「え……?」

 な、何なんだよ?益々意味が分からない……しかし、カラダの感覚がおかしい。本当にそんな事が?


 クソッ!もういい!

 そんな事より、洋介……

「おいっ!お前!どうして洋介を殺した?オレがお前を殺してやる!」

 オレは、怒りに震え声を荒げた。


「どうして?う〜ん、そもそも君をヤルつもりだったんだけどなぁ……。まあ、いい」

 阿久津は、を掻きながら説明を始めた。


「人間には『喜怒哀楽』があるだろ?例えば、皆川君は今ボクを殺したい……それは、『怒』と『哀』の感情から来ているはずだ。しかし、ボクは違う。ボクが人を殺すのは『喜』と『楽』の感情だ。ただ、それだけの事だよ。キャハッ♪」

 ……ダメだ、コイツは完全に狂っている。

 とにかく、今はこの状況を何とかしないと……

 そう思った時だった。

 真っ暗闇の向こうに、ぼんやりと無数の光が見えた。

 光が近づくにつれ、雨に紛れ人の声が聴こえてきた。


「おっ!来た来た。中々早かったな、

「え……?」

「あー、ボクが呼んだんだ。サイコパス殺人鬼から助けて貰わないとね」


 っ!!

「クッソ……!」

 やられたっ!これじゃどう見てもオレが犯人じゃないかっ!

 オレは、脇腹の痛みを堪えてゆっくりと立ち上がった。


「おっ、よく立てたね!意外と根性あるじゃん!さてと、賢人ボクはそろそろ行くね。あ、これどうぞ」

 阿久津は、洋介を殺したナイフをオレの手に握らせた。


「っ……この野郎!逃がさ……」

「お巡りさ〜ん!ここで〜す!助けてぇ〜!」


 ざわざわ……


「居たぞ!あそこだ!」

 やがて警察は、オレ達を目視もくし出来る所までやって来た。


「間違いない!阿久津蓮也だ!」

 数名の警察達は、オレに銃を向けた。


「じゃあ……行くね。あ、そうそう!因みに昨日からになってるから、気をつけてね。頑張って逃げるんだよ……阿・久・津・蓮・也さん♪」


「くっ……!」

 阿久津は、オレの脇腹に回し蹴りを食らわし、警察の元へ走って行った。


「お巡りさん、助けて!友達が……ボクの友達が……うわぁあん」

「よしっ!少年を保護だ!」

「大丈夫だ、後は警察に任せて!」

 毛布に包まれた阿久津は、したり顔でオレを嘲笑っていた。


「阿久津蓮也!手を上げろっ!もう逃げ切れんぞっ!」

 警察達は、銃を構えながらジリジリと距離を詰めて来る。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!違うんだ、オレは阿久津蓮也じゃない!本物はそっちなんだよ!」

 オレは、後退りしながら必死に訴えかけた。だが、警官達は頭をひねるだけ。

 当然だ……誰がどう見ても、オレは阿久津蓮也なのだから……


 クソッ……どうする?どうしたらいい?


 賢人……逃げろ……賢人……生きろ……


 っ!!


 オレはその時、洋介の声を聞いた。

 真っ赤に染まり、雨に打たれ、ピクリとも動かない……けど、洋介の声が確かに聞こえたんだ。

 オレは、脇腹を押さえて後方へと走り出した。


 ごめん、洋介……ごめん……


 オレは、振り返り全力で走り出した。


















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る