7/30④ 阿久津の奇行

 なぁに、たまには帰って来るさ。それに、その内 賢人けんとの首に本物の金メダル掛けてやるからよ!


 ガッハッハ!やっぱ賢人は面白いなぁ。そういう素直なところがお前の良いところだ。ヒョロガリのキノコ頭でも、響子ちゃんに好かれる訳だ。


 なぁ、賢人。俺達は、爺さんになっても……ずっと親友だ。


 ……


「うわあああああっ!!洋介ようすけぇええ!!」


 洋介の首から止め処無とめどく流れる真っ赤な血。

 完全にパニクった賢人オレは、洋介のパックリと開いた首を押さえつける事しか出来なかった。


「洋介ぇ、頑張れ!大丈夫だ、直ぐに救急車呼ぶからよ……」

 オレの根拠の無い『大丈夫』なんて、慰めにもならなかった。

 むしろ、洋介はこんな状態でオレにこう言った。


「賢人……逃げろ……賢人……生きろ」


 それが洋介の最後の言葉になった。

 こんなに強い男が、アッサリと殺された。ナイフには勝てなかった。


 ……いや、違う!

 男が襲って来た時、オレがちゃんと対応出来ていればこんな事にはならなかった。

 オレが、男をここへ招かなければこんな事にはならなかった。

 オレが、洋介をキャンプに誘わなければこんな事にはならなかった。


 オレは、深く絶望した。


 オレは、この男を絶対に許さない!


 そして……

 を、自分自身を絶対に許さない!


「あっら〜。洋介君……だっけ?何だよ、こんなヤツかばって。ボクは洋介君のの方が良かったのにぃ」


 ?……何を言ってるんだコイツは?


「おいテメェ!よくも洋介を!絶対に許さん!覚悟……うっ!」

 男の方へ振り向いた瞬間、オレは頭部に強い衝撃を受けた。

 脳が揺れて、景色がうねり、モヤがかかった。


「おやすみ、皆川君。キャハッ♪」

 薄れゆく意識の中、男の……阿久津蓮也あくつれんやの楽しそうな笑顔が見えた。


 ……


 ……



「うっ!……痛ぅ」

 目を覚まして、最初に目に入ったのも、阿久津蓮也の楽しそうな笑顔だった。


「あれ?意外と早いお目覚めだね。まあ、どうせ動けないだろうし大人しくしててね」

「ク、クソ野郎め……お前はオレがぶっ殺す!」

「おいおい、口が悪いな?それと、人殺しはキミの方だろ。皆川君が弱いから、身代わりになって洋介君が死んだんだろ?」


 阿久津は、自分が悪いとは微塵みじんも思っていない様子だった。

 完全に狂ってる……何とか逃げ出さなければ……しかし、カラダが言う事を聞かない。


「さてと、やりますか」

 阿久津は、そう言ってナイフを手にした。

 結局、殺すのか……ここまで生かした意味が分からない。

 あ、そうか、拷問でもするのか……

 コイツがやりそうな事だ。

 まあ、それもいいだろう。

 洋介に対する、せめてもの償いだ。いや、報いと言うべきか。

 精々せいぜい苦しませて殺すがいいさ。


「ではでは……よしっ!せーの……!」

 阿久津は、ナイフを脇腹に押し当てると素早くスライドさせた。


「ギャアアアッ!」

「え……?」

「おおっ……痛ぇっ!やっぱコリャ自分にやる事じゃないね。キャッハハハ!」

 なんと、阿久津は自分の脇腹を切ったのだ。

 痛がりながらも、楽しそうに……


「い、一体どういうつもりだ?」

 オレは、思いもよらない阿久津の行動に恐怖を覚えた。


「まあ落ち着ついてよ、皆川君。まだは

 は、始めて……ない?

 ダメだ……コイツの言動も行動もまるで理解出来ない。


「皆川君、喉……乾いたろ?」

 阿久津は、ニタリと不気味な笑みを浮かべ、自分の右てのひらをナイフで切り、その手をオレの口に当て、鼻をつまんだ。


「ぐおっ!ガボガボ……っうぅぅっ、ゴクンッ」

 カラダが言う事を聞かないオレは、何の抵抗も出来なかった。

 オレは、阿久津の生臭い血を飲み込んだ。


「はい、終了〜。ふぅ、疲れた」

 阿久津は、地べたに尻もちを付き、息をひとつ着いた。


 ううっ……気持ち悪い、吐きそうだ。

 何かの儀式なのか?

 頭がおかしいだけなのか?

 終了ってどういう事だ?何故、殺さない?

 ……一体、何なんだ?


 オレは、阿久津の奇行きこうに酷く怯えた。身体中震えが止まらない。


 その刹那……

 は、起こってしまった。


 ドクンッ


「うっ……ぐ、ぐあああっ!」

 オレの心臓が、痛みを帯びながら激しく動悸する。


 一方……阿久津は、まるで抜け殻のようになり、地面へ倒れ込んだ。


 オレは、もがき苦しみ……その後、気を失った。



 長い間、気を失っていたような気がしたけど、恐らくものの数分だろう。


 ゆっくりと目を開けると、そこには……



 皆川賢人オレがいた。







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