7/30③ 大好きなんです……珈琲


「アンタ……誰だ?こんな所で何を?」

 男は、スラッと背が高く(おそらく180cm以上あるだろう)、緩めのパーマ、上下黒のジャージ……20代後半といったところか?


 大雨の中、草葉くさばかげから現れた男は、洋介の問いに口角を上げ、ゆっくりと口を開いた。


「いやぁ、実は道に迷いましてね……大雨は降ってくるし、どうしようかと思ってたんです。あのぉ……差し出がましいのですが、何か温かい飲み物を頂けないでしょうか?」


 洋介ようすけ皆川賢人オレは、目で合図をすると、警戒しながら男をタープの中へ入れた。

 嫌な感じはするが、本当に困っている人だったら放っておけない。

 オレは、お湯を沸かし直すと男にコーヒーを手渡した。


「どうぞ、インスタントですけど」

「いやぁ有難い!ボクね、大好きなんです……珈琲コーヒー

 男は、嬉しそうに熱いコーヒーをすすった。

 ホッとひと息つくと、慌てたように自己紹介をしてきた。


「あっ!大変失礼しました。ボクは阿久津蓮也あくつれんやと申します。本当に助かりました」

 妙に愛想は良いが、洋介もオレも、何処か不気味に感じていた。


「オレは皆川賢人みなかわけんと、コイツは南洋介みなみようすけです」

 オレ達3人は、他愛も無い自己紹介と、軽く身の内話をした。


「へぇ、18歳ですかぁ。羨ましいなぁ、楽しい時期ですね。ボクはもう29歳です。しかも独身ですよ、終わってますよね?アハハッ」

 愛想が良く、よく喋る男だ。

 けど、何故か感情が無いような、冷たい感じに思えた。


「えっと、南君は良いガタイだね?何かスポーツをしてるのかな?」

「ええ、まあ空手を少しばかり」

「そうなんだ!いやぁ、強いんでしょ?ボクね、そういうの分かるんだよね、なんて言うか、感じる?……みたいな」

「因みにオレも空手をやってるんです。何か……感じますか?」

「……うーん、皆川君は、かな?……なんて、冗談だよ、冗談!気を悪くしたなら申し訳無い。アハハッ」


 コ、コイツは……


 あの洋介が、脂汗をかいている。

 やはり何か不気味なものを察したのだろう……。

 このまま関わっているのはどうも気味が悪い……

 オレは、気がかりな事を確認してからこの場を去ってもらう事にした。


「ところで阿久津さん、貴方はこんな所で何を?」

「いやぁ、ボクもねキャンプです。ちょっとテントから離れた間に、急に暗くなったもんで道に迷ったんですよ」

 男は、饒舌じょうぜつに説明した……が、


「へぇ、そんなで山キャンプを?」

 オレの質問に、洋介もピクリと反応した。


「……アハハッ。バレました?実はキャンプ初めてなんです。まさかこんな真夏の猛暑なのに、山の中は寒いなんて思わなくてね……お恥ずかしい」

 男は、微笑んだ後、珈琲を啜った。

 洋介が、オレに目配めくばせをしてきた。

 オレは、その視線の先にゆっくりと目を向けた。


 っ!!

 ナ、ナイフ?!


 刃渡り15cm程のナイフが、男の座っている椅子の後ろに見えた。

 クソッ……一体何なんだコイツは?

 ヤバいぞ……どうする?洋介、どうする?


 洋介は、オレの表情を読み取ると男にズバリと質問をぶつけた。

「阿久津さん、そのナイフは……何です?」


 男は、何の動揺もせずナイフを手に取り説明を始めた。

「あー、コレね。実は、ボクの趣味……なんです。どうです?良いナイフでしょ?スパスパ切れます」


 狩りだと?……ダメだ、コイツはじゃない!


「ねぇ阿久津さん……って山ですよね?さっきキャンプは初めてとおっしゃいましたが、最低限にはお詳しいのでは?」

 オレの質問に、男は目をつぶり天をあおぎ、深く息を吐いた。


「ボクの狩場はなんです。あー、もう!まだ珈琲半分しか飲んでないんですよ……言いましたよね?ボク珈琲が大好きだって。せっかく頂いたし、飲み干したかったのになぁ……」

「コ、コイツ……何を言ってんだよ?」


 男は、オレに視線を合わせた。

 その目は、まるで獣のようで、オレはカラダが強張こわばり、金縛りにあったように動けなくなった。


「皆川君さ……キミ、空気読めないのかな?珈琲残したら勿体無いだろ?……死ねよ」


 それは、一瞬の出来事だった……


 目の前の景色がブレた。

 吹き付ける雨がタープに溜まり、たるんでいるのが見えた。

 そう、オレは仰向けに倒れ込んでいた。


 そして……


 オレの上には、


 真っ赤に染まった洋介が、覆いかぶさっていた。


「え……?よ、洋ぉ介ぇええ!!!」




















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