7/30② 暗雲立ち込める


「よーっし、完成!我ながらいい張り具合だ」

 皆川賢人オレは、皺ひとつ無いテントの張りにいい気持ちになっていた。


「洋介、そっちはテント張れ……って、おいっ!袋から出しただけじゃねぇか!」

「仕方ねぇだろ!てか、ワンタッチのヤツとか無いのかよ?なんか、こう傘みたいなヤツ」

「っく……あのな、そのテントブランド品だぞ!テールマンだぞ、テールマン」

 洋介は、初めてのキャンプでテントを張るのに四苦八苦していた。


「お前、そういうとこ冷たいよな?普通、手伝ってくれんだろ?女の子にモテないぞ、それじゃ」

 つ、冷たい……確かに初心者を手伝わないとか有り得ないか。反省。


「わ、悪かった!手伝うよ、一緒にやろうぜ……てか、モテなくは無い!彼女いるわ!」

 洋介は、意地悪そうな顔でペグの先をオレに向けた。

 作業に取り掛かろうとした時だった……

 生ぬるい突風が、草木をザワつかせた。


「賢人……なんか、空暗くね?」

「あ、ああ……こりゃひと雨来そ……」

 暗雲が立ち込めた空を見上げた時、鼻先で雨粒が跳ねた。

 そこから怒涛どとうのように大雨が降り出した。


「うわっ、ヤバッ!おい洋介!テントは諦めろ、タープ立てるぞ!」

「タープ?なんじゃそりゃ?」

「屋根だよ、屋根!いいから手伝え!」

 オレ達は、びしょ濡れになりながら急いでタープを立てた。

 雨足は強まるばかりで、止む気配はない。

 まだ15:30を廻ったところだが、辺りは暗がりになっていった。


「賢人……今日は雨降らねぇって言ってたよな?」

 洋介は、頭からタオルを被り、その隙間から俺に冷たい視線を送ってきた。


「あ……えっと、ほら、山の天気は変わりやすいんだよ……」

「へぇ……」

 オレは、会話を断つように立ち上がり、お湯を沸かしてコーヒーを煎れた。


「ふぅ、温まる……悪くないぞ賢人」

 チッ……ったく。天気をオレのせいにしやがって。そんなん分かるか!超能力者じゃあるまいし。


「あー、ところで洋介。お前決めたのか?空手の特待生で県外の大学行くんだろ?」

 洋介は、本当に凄い男だ。

 恐らく、このまま進めばオリンピック選手になるだろう。


「あー、それね。何だ?俺が県外行くのが悲しいのかな?賢人君。あー、コーヒー美味っ」

「いや、まあ……そうじゃねぇけど、いや、まあ、それもあるけどお前は凄いなぁと思ってさ。どんどん遠い人になってくような気がして……あ、遠いって距離の話じゃないぞ?」

「それくらい分かるわっ!」

 俺は、素直な気持ちを伝えた後、少しだけ後悔した。

 オレ、こんな事言っちゃって……ちゃんと送り出してやるのが親友ってもんだろ。


「なぁに、たまには帰って来るさ。それに、その内 賢人の首に本物の金メダル掛けてやるからよ!」

 洋介は、白い歯を見せた。


「で、お前はどうなんだ?響子きょうこちゃんとのか?」

「ヤッ……ヤッ……おいっ!響ちゃんとオレは純愛なんだよ!……てか、まだヤれてない」

 ちょ……オレは何を言ってるんだ?

 アホ丸出しだ……。


「ガッハッハ!やっぱ賢人は面白いなぁ。そういう素直なところがお前の良いところだ。ヒョロガリの桃太郎頭でも、響子ちゃんに好かれる訳だ」

「誰がじゃ!細マッチョのセンターパートヘアだよっ!」

 でも、オレは素直なんかじゃない。

 洋介……お前だからありのままの自分を出せてるんだ。


「ったく。早く県外へ行ってしまえ!筋肉オバケがっ」

 オレは、洋介と違って平凡だ。

 特に良くも無く、悪くもない。

 決して悲観している訳では無く、オレは平凡が好きだ。

 良い事も、悪い事も……少しでいい。

 多くは望まない代わりに、が訪れないと信じているんだ。

 しかし、無情にもは訪れてしまった。


 カサッ……カサッ……


 っ!!


 タープに打ち付ける激しい雨音の隙間、不自然に草木の揺れる音が僅かに聴こえた。

 勿論、洋介も気が付いていた。

 オレ達は、ゆっくりと立ち上がり音のする方に目をやった。


「おい?……誰かいるのか?」

 洋介が、威嚇いかくするように言葉を発した。

「待て、洋介!けものの可能性もある、注意しろ!」

 洋介は、小さく頷きこぶしを握りしめた。


 カサカサカサカサッ!!


「あのぉ、すみません……」

 草葉のかげから出てきたのは、ひとりの男だった。


 この時、熊でも飛び出して来た方が、まだマシだったのかもしれない。















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