第8話 寂寥の日

 こっちで合っているのかな?

 いくら歩いても、アタラシイイエダヨは見えなかった。

 急に不安になった。


 水が降れば隠れる場所を探し、お腹が空けば草や虫を探した。

 明るい時間と、暗い時間を、何度繰り返しただろう。

 どれだけの敵に出会い、どれだけ追い回され、命の危機を感じただろう。


 眠い、辛い、痛い、痒い、疲れた、お腹減った。

 召使い、どこにいるの?

 ボクはこんなに探しているのに、なんで見付からないの?


 ボクはもう、ここで死んじゃうのかな。

 寒くて寂しくて、喉が渇いてひもじくて。

 もうダメなんじゃないかって、何度も考えちゃった。


 でも、遂にボクは見付けたんだ。

 間違いない!

 これは温かくて甘い、召使いの匂いだ!


 駆け出したい衝動に駆られた。

 でも体が重くて、痛くて、走れなかった。

 ゆっくりと、一歩ずつ、石砂利の上を進んだ。


 召使いの匂いが強くなった。

 風の匂いも、ボクの知っているものだ。

 次第に、見覚えのある風景にも出会えた。


 見えた!

 アタラシイイエダヨ!

 帰って来たよー、ボクだよー、って大声で召使いを呼んだ。


 ガチャ、入り口が開いた。

 この匂い、姿、間違いない、温かい召使いだ!

 ボクは甘えた声を出して、召使いの足元を抜けて入ろうとしたんだ。


 えっ!?

 ボクの目の前で、召使いが通せんぼをした。

 なんでだよー、入れてよー、ボクだよー!


 大きな声で鳴いても、甘えても、ダメだった。

 どうしても中に入れてくれなかった。

 代わりに、召使いは美味しいカリカリを出してくれた。


 これだよ、これ!

 美味しい!

 これが欲しかったんだ!


 ボクは一心不乱に、カリカリを食べ尽くした。

 無我夢中で、気付いた時には、召使いはもうその場にいなかった。

 何度呼んでも、それきり、アタラシイイエダヨから出て来なかった。


 温かいこの場所に、命からがら戻って来たのに。

 なんで入れてくれないんだろう?

 寂しい思いを抱えながら、アタラシイイエダヨの上で一晩を過ごした。


 明るくなっても、召使いはボクを中に入れてくれなかった。

 だけど、美味しい白い水とカリカリは、ちゃんと分けてくれたんだ。

 それから召使いは、どこかへ出掛けて行った。


 暗くなる頃、戻って来た召使いに、甘え声を出し精一杯媚びた。

 召使いと一緒に、中へ入ろうと試みた。

 だけどやっぱり中には入れず、新しいカリカリをくれた。


 そんな攻防を、何度も何度も繰り返した。

 召使いは、ボクの前に座って、何だか困った顔をした。

 何か話し掛けてくるけど、何を言っているのか分からないよ。


 召使いはたまに、ボクを膝の上にも乗せてくれた。

 お腹いっぱいで、温かくて、安心して、ぐっすり眠った。

 でも、やっぱり中には入れてくれず、ボクは寂しい思いをした。

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