限られた世界

 空は青いという事を知ったのは、つい先日だった。四角く区切られた青空を見て、「あれは何だろう?」と思ったものだ。その日の夜、神様に訊いてみた。「それは空だよ。晴れの日の空は青空っていうんだ」と答えてくれた。私はもっと空を見たかったが、その日以来、四角い空には天幕が降ろされた。群青色に星が散りばめられた天幕だ。


 生活に必要なものはすべてこの世界に揃っている。この家が私にとって世界の全てで、この家から私は一歩も出たことがない。神様がそれを許さないから。私にとって神様は人生の全てであり、愛おしい存在でもある。この世界には神様と私のしか実在しないのだが。


 私はクッキーを焼いて、紅茶と一緒に嗜むのが好きだ。紅茶を淹れて本を開く。一口啜っては一頁捲る。茶葉を使った紅茶クッキーを口中に放り込む。一口紅茶を啜る。至福の瞬間だ。

 と、急に床が揺れた。

 ——地震だ!

 そう震え上がり、テーブルの下に潜り込んだ。

 しばらく揺れが続く。とてつもなく大きな地震で、揺れが長く続くので恐怖が膨れ上がった。

 紅茶が溢れてカップとソーサーが床に落ちる。陶器が割れ、軽くて鋭い音が辺りに響く。クッキーが散らばる。本がどこかへ飛んでった。


 先程まで続いていた地震がたちどころに止まった。

 恐る恐る窓から周囲を覗うと、大きくて丸い金の瞳が飛び込んできた。黒い瞳孔が細長く縦にすぼめられる。直後、「ふーっ」と威嚇された。相手は驚いたようで、距離を取ると私のことをじっと見つめる。観察されているようだ。長い頬髭、頭頂部に立つ二本の耳、時折見せる小さな牙、どうやら猫のようだ。白地に茶と黒のぶちがあるところを見ると、三毛猫と呼ばれている猫のようだ。

「こんにちは」

 私は挨拶をしてみたが、猫は急に興味を失ったようにそっぽを向いた。と、そこへ、大きな声が聞こえてきた。

「あっちへいっていろ!」

 どうやら怒っている様子のその声は、神様の声のようだ。でも私の知っている神様ではない。


 それからの私は、猫と過ごすことが多くなった。

 紅茶を一口啜り、クッキーを一掛け口に入れる。ふと視線を上げると猫の黄金の瞳と視線が行き交う。「にゃあ」と彼女は鳴く。私は本に視線を落とす。

 言葉が通じずとも、共に過ごすことで心を通わせることはできた。




 乱暴に扉を蹴破るような物音とともに、神様の荒々しい声が聞こえてきた。私がここに来る数日前まで聞いていた声の主と同じ声。新しい神様と言い争いをしているようだ。

 声は段々怒声に変わっていって、途中で途切れた。そして、荒い足音で戻ってきて憤懣やる方ないという様に言い放った。

「これは俺のもんだ! これが無いと、俺の夢が壊れてしまう!」

 光を反射して鋭く光る鋭利なものを突き刺した。


 そして私は再び以前よりの神様の元へと舞い戻った。

 私は神様の夢を叶える装置の一部。別に誰のものでもいいし、誰のものでもない。ただ、それを欲する者が後を絶たないだけだ。


   了

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