「その家には出るんです……」

 住宅展示場の一角に、不思議と人が集まらない家がある。さして不気味さも真新しさもない、モダンな造りの一軒家である。建売住宅の見本市だから、個性的でなく汎用性の高い、注文住宅とは一線を画す住宅である。

 しかし、何故か人が寄り付かない、曰く付きの展示住宅である。


 私は今日も一組のカップルを案内している。

 この家が売れることを祈りながら、件の家に案内した。

 真新しいスリッパに履き替えて、玄関からリビングへ通す。

 リビングは二階まで吹き抜けになっていて、広々とした造りになっている。ちょうど、温室がテーマに誂えられた空間だから、季節によっては心地よく過ごせるはずだ。奥様は日当たりの良い南向きの、大きめな窓に関心を寄せられたようだ。笑顔でしきりに頷いている。気に入った、ということだろうか? 

 窓辺に咲いているパンジーの花が、誇らしげに揺れている。

 次に、アイランドキッチンという、作業台が台所の真ん中に据えられているキッチンに案内する。対面式の半個室の台所だ。キッチンに行くと、真っ先に奥様がコンロに駆け寄った。

「こちら、オール電化となっております」

 さり気なくアピールしてみる。

 奥様はここでも満足げに頷いた。

 ちょうどオーブンを開いて説明しているところ、天井からが聞こえてきた。私は息を潜めた。背中に悪寒が走るのを感じる。

 奥様は案の定、不審がって上を見た。

「誰かいるのですか?」

 奥様が訝しんで質問したので、私は笑顔で誤魔化した。

「いいえ。誰も」


 トイレ、バスルームと、水回りを一通りと、一階の和室と洋室二部屋を案内してから二階へと上がる階段に向かった。

 階段は螺旋階段である。

 出来得る限り広く間取りを取るために、心棒の周囲を螺旋状に昇っていく造りのものだ。当然、お洒落さも演出してある。

「変わった造りの階段ね」

「めったにお目にかかれないと思います。足元、気をつけてください」


 二階の踊り場に出ると、誰もいない廊下が続いている。当たり前だ。

「あら、二階の廊下も日当たりがいいのねぇ」

「天窓がついていますので」

 二階の二部屋の洋室と寝室を案内したところで、内覧は終わった。

 一階のリビングに戻りお二人に麦茶を提供する。喉が渇いていたからか、二人ともほぼ同時に一気に飲み干した。小さめのコップの中で、カランと氷が鳴った。

 用意していた書類を出して説明を始める。

 

 唐突に奥様が口を開く。

「一通り周ってみたけど、なんだか暮らしにくそうだわ」

「そうだね。君がそう言うのなら、他の住宅にしようか」

 そう言うが早いか、お二人は帰り支度を始めた。

 それが止めだった。奥様の止めの一言に、私はどうにか卒倒しないようにするのがやっとだった。

 笑顔を崩さずに見送ったあと、私はその場で力なく崩折れた。


 この家が売れなければ、私は自由になれないのだが。


   了

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