3
「俺たち、不死身でもないし生きてる人間には敵対視されているし、やばいんじゃないの?」
倒れたマーガレットにハエがたかっている。俺たちにもハエがたかる。日が陰り始め、夜が訪れようとしていた。
「おい、とりあえず脱出しないと。俺たち軍に焼き殺されちまうぜ」
パトリックが俺の肩をたたく。手には車の鍵が握られていた。
「気に入らない先公の車、乗りつぶしてやろうと思って」
キーホルダーにはマイケルと書かれていた。俺たちはマイケル先生の車を探しに駐車場まで歩いた。生存者に殺される危険性がわかったため、先程のように無防備に歩くことはできない。気を巡らせ、生存者に鉢合わせることがないよう移動した。
「おいおい、マイケルの野郎こんな車かよ!?」
鍵についたメーカーを頼りに探し当てた車は、なんと軽トラだった。
「日本車じゃねーか!! 右ハンドルの輸入品だ!」
トミーは大興奮で軽トラの助手席に乗り込む。パトリックに促され俺は真ん中の中途半端なシートに座り、パトリックは運転席に座った。幸いにも右手がないおかげで、巨漢のパトリックもぎりぎり運転席に座ることができた。
「パトリック、日本車なんて運転できるのか?」
「何言ってんだ。俺に運転できねぇ車はない!」
ヴゥゥン!景気よくエンジンをふかし、俺たちは街に向け車を走らせた。ゾンビの数は都市部へ近づくほどに増え、ゾンビの群れに阻まれて車を動かすことが難しいこともあった。建物はだいたいが燃えているか燻った煙が立ち上っていて、生きた人間の気配はなかった。時間はかかったものの、俺たちは自分達の家の近くまでやってきた。しかし道の端から端までゾンビだらけである。よく見てみると、同じマンションに住むババアや近所のダイナーにいつもいる親子連れといった、見覚えのある面影を残すゾンビたちだ。
「おーい! 誰か話のわかるゾンビはいないか!」
俺たちの呼びかけに応える様子は一切ない。ぶつかるゾンビたちは俺たちに目もくれず、ストリートの端から端をふらふらしている。うめき声と、建物の崩壊する音、燃える音、遠くから聞こえる鳴りっぱなしのクラクション。この世はもう終わってしまったのだ。機能していない涙腺から、出ない涙のツンとした感じがする。感傷に浸っていたそのとき、
「危ない!」
パトリックが巨体をぶつけてきた。俺は簡単に5メートルは吹っ飛んでしまった。数体のゾンビがクッションになったおかげで、けがは増えていないようだった。
「なにすんだパトリック!」
どうにか体を持ち上げ、腹立たしさをぶつけようとパトリックを探す。しかしそこはゾンビの波だけしかなく、パトリックもトミーも見当たらない。俺は慌てて周りを見渡すが、2人はどこにも見当たらない。急に不安が湧き上がってくる。2人に置いて行かれたのか?混乱している俺の体を支える棒が引っ張られ、俺は再び地面に転がってしまった。
「黙って伏せていろ! ここは誰かに狙われている。」
転がった先にパトリックとトミーが地面に伏していた。
「どういうことだ? こいつら全然襲ってこないじゃないか……」
パトリックに怒りをぶつけようとしていると、遠くから銃声が聞こえ、同時に上から水を浴びせられた。見上げると、俺がぬるい水だと思っていたものは、うろつくゾンビの頭にあいた穴から流れてくる腐った脳みそと血液だった。
「うわあああああ!」
周りのゾンビが2.3体俺の上に倒れこんでくる。重さと腐った体液が気持ち悪くて叫んでしまう。
「お前、あのまま突っ立ってたら今頃ヘッドショットだぞ!」
トミーも不安定な頭を抱え震えている。パトリックは生前一度も見たことのない真剣な顔で一点をにらんでいる。
「どうすんだこれ、もう軍が到着したのか! もう俺たち、ほかのゾンビと一緒に殺されるのか!?」
「いや、この音は……父のカスタムだ。」
俺とトミーはパトリックの目線を追った。そこはパトリックの家の方角だ。
「え!? 俺らあの凄腕の父ちゃんに狙われてるのか!?」
「終わった……」
絶望に打ちひしがれた。トミーの父は軍への貢献で表彰されたこともあるほどの凄腕だ。俺たちをキャンプに連れて行ってくれるちょっとお茶目でダンディなおじさんは、狙ったものは100発100中、今の俺たちには軍より恐ろしい脅威だ。
「いや、まだ大丈夫だ。ちょっとお前らは待っててくれ。」
パトリックは自分の着ている血まみれハンバーガーシャツを切り裂き、俺の腕代わりの棒に括り付けた。
「すまないがちょっと借りてくぞ。」
血で汚れているが、どうにか白旗に見えるそれを持ち、パトリックはその体形からは信じられない速さの匍匐前進でゾンビの間を縫い行ってしまった。
「あいつ、俺は脂肪だけじゃないってずっと言ってたが本当なんだな。相撲取り体形。」
「お前は体育の授業全然出てなかったもんな。運動神経いいんだぜパトリックは。」
パトリックの意図を汲み、残されたトミーと俺はゾンビたちの死体をどけ、道の端にあったベンチに座って静かに空を見上げた。銃声はもうやんでいて、行きかうゾンビたちの歩みを眺める。
やがて、パトリックが帰ってきた。手に何かを持って。
「おい! 家族と話をつけてきた。もう大丈夫だ!」
「話をつけてきたって? あの最強家族もネオゾンビになっていたのか!?」
「違う。俺の家族はまだ人間だった。」
パトリックは語り始めた。お手製の白旗をもち驚異的な速度の匍匐前進で自宅に向けて進んでいたところ、あと50mってところで、コンスタントに続いていた銃声がやんだ。両手を上げ恐る恐る家の方を向くと、屋根裏にある窓から父親がこちらを見ていた。獲物に狙いを定める鋭い眼光は衰えることなく、年齢にそぐわない引き締まった体は相変わらずだ。どうみても生きている。ゾンビ化した息子を見た父親は表情を変えずパトリックを見つめていた。しばらくすると父親は窓から見えなくなり、またすぐ戻ってきた。何をするのかパトリックは酷く怯えたらしい。なんせ軍の上部まで上り詰めた人間だ。いくら息子でもアメリカという国に危害を及ぼすゾンビとわかればすぐ撃ち殺すかもしれない。冷や汗をが吹き出す感覚だった。しかし父親が取り出したのは2つの旗だった。ボロボロのその旗は、パトリックが兄たちと手旗信号で遊ぶときに使っていた旗だった。父親がバサバサと旗を振り、
「父、母、無事。籠城。」
パトリックは家族の無事を知り、安心した。旗を探す暇もなく、白くなった腕を振り上げ
「ゾンビになった、しかし元気、北へ逃げる」
と信号を送る。父親は目を見開き、顔を抑えた。半信半疑で手旗信号を送ったゾンビが息子だった。しかし元気であると。泣いているようだった。パトリックは手を振りながら家の近くまでよっていき、どうにかコミュニケーションを試みた。しかし親子といえども、人間とネオゾンビの違いは大きく、現状を言葉で伝えようにも父親には伝わらなかったようだ。父親はバスケットに紙とペンを入れおろし、パトリックはそれに現在の状況を書き込み父親へ託した。友人2人と逃げていること、ゾンビになってしまったが、まだ脳は人間であるらしいこと、体はゾンビなので、どうにか寒い地域へ逃げようと思っていること。窓際にはいつの間にか母もいた。こちらを見下ろし泣いているらしい。温かい雫が頭に触れる。最低限のことだけ記入した紙を入れたバスケットが上がっていく。窓を見上げると、両親はそれを読み、険しい表情をしていた。少し待ってろとばかりに手を振り、やがてまたバスケットが下りてきた。中には紙と、鍵。
「それがこれだ。」
パトリックは語り終えると、俺とトミーの間にケツをねじ込み座った。パトリックの両親がくれた紙には簡易的な地図と、「一般人は家に籠城するよう軍から通達があった。やがて掃討作戦が決行されるだろう。それまでにアラスカの別荘へ行け。愛してる」という文言。鍵はどうやらその別荘へ行くためのものらしい。
「アラスカ!? ここからどのくらいかかるんだ!?」
「うん.....多分数日走りっぱなしか、ガソリンスタンドをみつけるか、車を乗り捨てつつ行くしかないな。悠長にしている時間はない。軍からしたら俺たちだってただのゾンビだ」
「その通り。だからまずはカモフラージュ作戦だ」
怪訝な顔の俺とトミーを連れ、パトリックは道の端の側溝に手を突っ込んだ。そしてその臭い泥を、自分の顔に塗りたくる。驚く俺たちを他所に、ほら、とばかりに泥を差し出す。
「顔色を隠すんだ。この状況なら多少汚れてても不審がられないだろうし、こうすればゾンビだとバレないだろ?」
その通りだ。しかし泥を顔に擦り付けるなんて、ガキの頃以来だ。顔を顰めながら冷たい泥を顔に塗りたくる。トミーは嬉々として顔に泥を塗りたくり、
「コマンドーだ!」
ガリガリのくせして胸を張って有名な映画の真似をして立ってみる。
「ただの骸骨じゃねーか!」
トミーはツッコミなんて気にせず、辺に転がる死体から立ち襟の上着を剥ぎ取り、折れた首を隠した。俺たちはどうにか明らかなゾンビから汚い人間に見えるゾンビになることができた。
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