三分間探偵

あやかね

本文


 貝崎かいざきには三分以内にやらなければいけない事があった。


 まずは殺害方法の特定。遺体は頭部に激しい損傷があり、尖った硬いもので殴られたような形跡がある事からレンガだと仮定しよう。殺害が起こったのはロンドン郊外の建設現場で、死んでいるのはたぶん建設会社の従業員。依頼主はレンガ造りの家を所望していると見えて建設現場には大量のレンガが用意されていた。その中の一つが無くなったところで誰も気づかないと犯人は考えたのであろう。


 つまりは突発的な犯行だと推察できる。


 被害者と口論になったりしたかもしれない犯人は逆上したりして近くにあったレンガでガツン。これだ。


 彼は殺害方法を導きだすと、今度は現場周辺をくまなく捜索した。


 時は十九世紀のロンドン。


 彼にはある悪癖があった。事件が起こってから警察が到着するまでのこの三分間で事件を見事解決する。警察は信用できない。汚職、賄賂、事件のもみ消しなどなど、自分が解決せねば被害者も浮かばれないであろう。


 毎回現場に先乗りしては証拠を勝手に持ち去ったり、らぬ痕跡こんせきを残したり、挙句の果てには穴だらけの推理を自慢げに披露したりして捜査を混乱させる彼を人はこう呼んだ。


『三分間探偵』


 貝崎芳人よしとはロンドン警察界隈にのみ悪名をとどろかせる男であった。


 今日も彼はやっかいな正義感に従って事件解決に奔走ほんそうする。


「よぉ~~し、今日こそ解決するぞぅ」


 彼はおっちょこちょいであった。


 建設現場の付近は連日の降水によりぬかるんでいる。足跡に足跡が重なり、果ては降水でかき消されたこの惨状さんじょうだ。


「まずい……どこへ逃げたのかまったく分からない……わぁっ!」


 虫眼鏡で地面を舐めまわすようにして歩き回って犯人と思しき足跡を探していると、ふいに濡れた石を踏んづけて態勢を崩した。そのひょうしに手放した虫眼鏡が綺麗な放物線を描いて殺人現場の窓を割ってしまう。


「やばい! 僕の虫眼鏡が!」


 割れたのは一階の窓である。彼は慌てて駆け寄り窓の外から身を乗り出して虫眼鏡を回収しようとするが、その際に窓の破片でコートを切り、ポケットの中に入っていたトマトジュースがあふれ出てしまう。


「わぁ! 冷たいよぅ!」


 そのほかにもレンガの山を崩してしまったり、建築途中の家に侵入したり、すっころんでみたりと焦りが焦りを産んで様々なミスをした。


 三分しか時間が無いのである。多少捜査がずさんなのは許されたし。


 警察が到着するする頃には、遺体よりも凄惨せいさんな姿をした探偵がそこにいた。


「あ、警部! 聞いてくださいよ! 犯人が分かりましたよ!」しかし笑顔であった。


「………三分間探偵、またお前か」


「僕の完璧な推理によると犯人は建設会社の従業員です。遺体がウッドロックという名札を持っていたので、口論が喧嘩に発展して殺されてしまったのでしょう。犯人は被害者を殺害した後に凶器のレンガを持って裏山に逃走した。あそこのふもとには空き家がありますからね。きっとそこへ逃げたのでしょう」


 貝崎は警部の手を取り「さあ! 犯人逮捕といきましょう!」と言うが、警部の隣に男が立っているのを見て首をかしげた。「……あれ?」


 その男は死んでいたはずの被害者だった。


「虚偽の通報、現場を無駄に荒らしまわって捜査の邪魔をして……いい加減にしろ三分間探偵! 彼はただ頭を打って気絶しただけだ! 公務執行妨害で逮捕する!」


「えーーーーー!?」

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三分間探偵 あやかね @ayakanekunn

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