コンテスト受賞連絡

藤 ゆみ子

コンテスト受賞連絡

 私には三分以内にやらなければならないことがあった。


 そのメールが来ていたのは二月二十六日、三日前の正午。私がメールを開いたのは二月二十九日の今日、現在十四時五十七分。




 当社主催のコンテストに貴殿の作品の大賞受賞が決定致しました。

 下記の要項を確認し、相違がなければ必要事項を入力の上、二月二十九日十五時までに返信をお願いします。

 所定の期日までにご連絡いただけない場合、受賞が取り消される場合があります。




(あ、ああああ後三分で受賞が取り消されるー!?!?)


 何故登録メールアドレスをスマホのアドレスにしておかなかったのか、とか何故三日間パソコンを開かなかったのか、とか何故私は呑気にカフェでおしゃれに執筆活動しようとしていたんだとか、過去の自分を恨んでみるが、そんなことを考えている暇はない。


「要項……は、いい、いい、ちゃんと読んでないけど相違はない。うちの会社副業禁止じゃないしあとは大丈夫でしょ」


 要項をすっとばし必要事項を入力しようとするが焦りすぎるがゆえに手が震えて上手く入力できない。無駄に動機もしている。


「えぇっと……本名? いるの? 住所……」


--カタカタカタカタカタカタカタカタ


「あとは、賞金、振り込み、先ぃ!? いや、今わからんしっ」


 賞金全額アマゾンギフトでいいからギフトコードメールで送ってくれ、とふざけた事を心の中で呟きながら、それでも急いで家の固定電話に電話をかける。


--プルループルループルルー


「母よどうか家に居て……」


--プッ


「何? どうしたの? カフェ行くって言ってなかった?」


 固定電話に家族の携帯番号を登録してあるため母は電話の主が私であることは分かっている。


「お母さんっ!」


 今ほど実家暮らしで良かったと思ったことはない。


「私の部屋の机の引き出しの二段目のクリアケースの中に通帳が入ってるからちょっと番号教えて!」


「えぇ??」


「早く早く!」


 母を電話で急かしながらもパソコンで受賞コメントを書くのを忘れない。片手でのタイピングが誤字脱字を誘発し余計に焦りが出てくる。


「机の引き出し? クリアケースなんてないけど」


「えぇ? あるって。あ、右側ね右側!」


「ああ、左の引き出し開けたわ。右の二段目めね。あったあった」


「番号教えて!」


「通帳二つあるけど、どっち? 信金? 銀行?」


「あー、えっと、どっちでもいい! あ、写メ! 写メ送って! どっちでもいいから! 写メね!」


 それだけ言って電話を切りスマホをテーブルに置いた。

 

 語尾は強いが小声で話をしたつもりだ。それでも周りの視線は集めていた。


「やっぱ外で電話するべきだったかな。後で店員さんに謝ろう」


 電話を切った後でやらかした、と思ったが、今はそれどころではない。


--カタカタカタカタカタカタ


 当たり障りない受賞コメントを打ち込んでいく。


--ブー


「きたっ」


 母からの通帳番号の写メを確認しながら振り込み先を入力し、全ての必要事項を入力してメールを送信した。


「はぁー。なんか冷や汗かいた」


 大きく息を吐き、カフェのおしゃれなシャンデリアを見上げる。


 パソコンのメール送信時間は十五時八分だった。

 メールを送り終えたことに満足し、時間に間に合わなかったと悶絶するのは数分後のお話。


 所定の時間を八分過ぎて返信をした作者の受賞が取り消されるかどうかは主催側のみぞ知る。




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