師匠と弟子

一の八

落語家の師匠と弟子




 高座に上がるのは、今最も勢いがあると言われる一番弟子。


 チャンチャンカ

 チャンチャンカ



 お囃子が流れると、大きな拍手と歓声で大変な人気ぶりが伺える。


 パチパチパチ



 しだいに拍手の波が静けさを迎えると、

 一歩一歩と小上がりを上る。


 ついにその姿を現した


「まぁ、まぁ、そんなに手を叩いてどうしたんですか、みなさん?」


 相変わらずだ。

 初めてのお客さ相手にも容赦ない出だしも

 人気の秘密かもしれないと思った。



「少しばかり、師匠の話をしておこうと思います。まぁ落語家の世界というのはですね。

 師弟関係は絶対なのが当たり前わけです」


「弟子の前では、『おれの言う事は、絶対だ!この世界は、白いものでも黒というそういう世界にいるんだ!』いいね。』ウチの師匠は、弟子達に口酸っぱく言うのです」


「まぁ、今の言葉で言うならば、“パワハラ”というやつになりますかね。」


「そんな事も家の師匠にとっては、お構いなしでありまして…

 つい、この間の事です。」


「師匠の独演会が名古屋であったわけです。

 わたしは、カバン持ちとして、そこに同行するのですが、なんとも来る人来る人にゆくてを阻ままれるながら、歩いていた訳です。」



 おもむろに着ている羽織からセンスを取り出す。


「おい!おれは歩き疲れた。ここらで一服でもするか、どうだいあの店にでも入るかい。」


 センスで斜め向こう指す



「あっ!ありがとうございます。」


 普段ですと…

 なかなかにそんな事も言う人ではないのですが、余程に疲れたのでしょうか。自分自身も疲労が溜まっていた所だったのでので、なんともありがたいと思う次第でした。



「どれどれ、どんなものがあるのかい。ほぉほぉ」


 メニューのページを捲りながら、何か真剣な眼差しで選んでいました。


「おい!店員さんを呼んでくれ、」


 その声で充分に店員さんが来るような気がしたが、それはさておき


「すみません〜!」



 混み合っているせいか、店員さんも慌てた様子でこちらに向かっていた


「はい!ただいま」



 師匠は、メニューのページを見ながら、

「このケーキのセットで、ドリンクは、ホットコーヒーで同じモノを2つでお願いね」


「はい!かしこまりました。

 こちらの商品とホットコーヒーがお2つですね!」


 メニューをしまい、厨房へと注文の伝達をしに店員さんは、戻って行きました。


 それほどに広くないお店にこんなにお客さんが多いという所をみると、

 ここはなかなかに人気店なのかもしれない。



 それからしばらくし、

「お待たせしました。」


 注文した品がこちらの席に届けられ、

 写真どおりの見栄えで人気の秘密も伺える。


「おぉ!これは、美味い。けども前に食べたあの店のケーキの方が美味しかったな」


 それは、一言余分だ。

 弟子の分際でそんな事、言えるわけもなく

「美味いですね!」


 ケーキを食べ終えると、

「コーヒーはね。この甘いモノを食べた後に飲むから美味いだよね。」


 よく分からない持論を述べ、満足している師匠を前に

 自らもカップを手に取り、コーヒーを飲もうとした。



 湯気が上る


「メガネが曇りますね。」

「まぁ、メガネくらい外して飲んだらどうだい。」

「そうします。」



 飲み頃な熱さで丁度よかった。



「そろそろ行くかい。」

「はい!」


 店員さんを呼び、お家計を済ませると、


 師匠がおもむろに

「ここのケーキは、美味しかった!コーヒも悪くない。」


 どうしたという?


「師匠というのは、弟子の前では見栄を張らなければいけない。」

「はい」


 何やら怒られるのか?わたしは?

 あっ、先程の店にメガネを忘れてしまった…





「ただ、この店は、高い!だから、半分で無くていい、これだけでいいので返しなさい。」


 師匠は、手で何かを表している。


「えっ?なんですか師匠…?」


「ほらっこれくらいでいいよ!」


「んっぁはいっ…?」

「だ、か、ら、本当にね。これだよ。これ!

 これが見えないのか?」


 わたくしは、自分の目元を指差し、


「あっすみません師匠。今は、みえないので」




 お囃子が流れ、幕が降りた。

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師匠と弟子 一の八 @hanbag

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