願いを三つ叶えるから三分で世界を救えと言われた
高山小石
お題『○○には三分以内にやらなければならないことがあった』
オレには三分以内にやらなければならないことがあった。
『どうかお願いします。この世界を救ってください』
「は? 人違いです。世界を救えるのは、オレみたいな平凡な男子高校生じゃないです」
だいたい、この白い不思議空間からして、夢を見ているとしか思えない。
『世界を救っていただくのですから、なんとあなたの願いを三つも叶えてしまいますよ』
「いや、オレの話を聞いてく」
『時間はもう三分弱しかありませんけどね』
「……え。その三分弱って、もうカウントダウン始まってんの?」
『もちろんです。緊急事態ですから止められません。あ、ちなみに夢とかじゃないですよ』
「はぁあ!?」
『詳しく話す時間がもったいないので話せませんが、残り約二分半でこの世界は滅亡してしまいますので。できればそれまでに世界を救っていただきたく』
「それを早く言えよ!」
『ですから、説明する時間もなくてですね』
「じゃあ原因がわかるなら教えてよ。天災? 人災?」
『直接的な原因は人災ですね。それをきっかけに、どんどん雪ダルマ式に悪い方向へと進んでしまいます。というか、現在進行系で進んでいてですね』
「だからオレには詳しく話を聞く時間はない、と」
『ないですね。もう残り二分を切りましたし』
「ひぃっ」
確かに残り二分もないんじゃ、どこの誰がどうしたとか複雑な経緯をじっくり聞いてる場合じゃない。
いくら経緯がわかったところでタイムアップしたら意味がないからな。
「……とにかく、どっかの誰かを止めたらいいってことか」
『まぁ、ざっくり言うとそんな感じです』
「あんた他人事だな」
『あぁ、すみません。今、すべての人類にアクセスして、解答いただいた段階でシミュレーションし、止められる可能性があれば実行していっていますので。個人への対応にはそれほどリソースを
すべての人類にアクセスとか、どこの神様だよ。あ、神様なのか。
なら、オレよりもっとかしこくて強いヤツにも話がいってるってことだよな。
それなら納得できる。
きっと可能性の高い順に話がいってて、オレの順番は最後の方だったから三分前になったんだな。
「じゃあもう、とっくにいい方法が見つかっただろ」
『それがまだでして。良い案は多数出たのですが、どれも完遂するには時間的に厳しくてですね。あと一歩届かない、決め手にかける状況です』
そりゃ世界を救うくらいだから、時間もかかるよな。
てか、マジで?
あと一分ちょいでオレ終了のお知らせ?
ないないない。
まだなんもできてないのに、一分でオレ終了はマジでない!
いやこれ、ただの夢だよな。
でももしも本当にあと一分しかこの世界にオレとしていられないのなら、オレは――。
「あのさ、先に報酬もらうのって可能?」
『はい?』
「いやさ、オレ、まだ食べたことない食べ物がいっぱいあってさ。バイト代貯めたり、社会人になったりして稼いだら食べたいなって思ってたんだよ」
『参考までに、もう少し詳しくうかがっても?』
「カニとかキャビアとかトリュフとか。普段は食べない高級食材全般? あれって、どんだけ美味いのか気になっててさ。あと、お酒の味も知らないし。ビールに日本酒、ワインにカクテル、ウィスキー。オレが名前を知ってんのはこれくらいだけど、まだまだあるんだろ? お風呂に浸かりながらキュッとか、夜景を見下ろしながらクイッとか、絵になるシチュエーションも、大人になったら一回はやってみたかったんだよね」
笑われそうで言ったことないが憧れなのだ。
カニはカニでも、冬場のCMでよく見る旅館の蟹づくし!
ブリンブリンの蟹の身をズルッと出してかぶりつくの。あれ、やってみたいんだよなぁ。
キャビアもトリュフも黒い見た目からは味が全然想像できないんだけど、高いんだから、きっと美味しいんだろうし。
フカヒレスープだって、北京ダックだって、皮を破れば肉汁あふれる蒸し物だって、本場のを一回は食べてみたい。
そもそもお酒ってどんな味がするんだろう。味はともかく、カッコいいから一度はやってみたいシチュエーションが山ほどある。「こちら、隣のお客様からです」の隣客になってみてー!
よく見かけはするけどなかなか買えないお高いアイスも全味制覇したいし。
あ、ラーメンも好きなんだよな。国内の名店巡りに行きたい。
北海道にラーメンと海鮮丼食べに行きたい。
『つまり、食べたいものを味わいたいと』
「そう。まぁ心残りを言い出したらきりがないけどさ。そりゃ友達に会って話したいよ。でも、いざ会えても、なに話せばいいのか浮かばないまま終わりそうだし、そもそも話す時間もないんだろ。だったら、せめて美味しいものを味わえたら癒やされるっていうか。まぁ、普段の親のご飯だってウマいけど、食べたことない味に、『スッゲー』とか『うっま』とか思いたかったなって」
『……採用します』
「っんん?」
口の中に、弾力のあるなにかが現れた。歯を立てると、幾筋もブツブツ噛み切る感触と、甘みのある旨味が広がった。
「うわ、うっっま!! え、これ、カニだよな? 存在感エゲツな! オレ、カニは食べたことあったけど、ここまで飛び抜けてなかったわ」
『……』
飲み込むのがもったいないレベルでうまい。うぅ、ずっと味わっていたい。口の中が幸せで勝手に頬がゆるむ。
『ありがとうございます。今ので一分の猶予が増えました。あなたの他の望みはありますか? 残り二つまでならなんとかできますよ』
え、なんで一分増えたの?
てか、さっきのエゲツないカニでも一分増だけとか。
このまま他の美味しい高級食材をリクエストしても、「最期に味わえて嬉しかった」ってだけで終わりそうだ。
その前に、食べたいものがありすぎて決めきれない。
できれば食べたことないのを選びたいけど、期待外れなのが最期だったら後悔しそうだし。また一分増える幸運にあやかれるかわからないし。なら
「……幸せな気持ちになれる味を味わいたい」
ふわっと香るのは炊きたてご飯と、かぎ慣れたうちの味噌汁の匂い。口の中にいつもの家の味が広がった。
すっかり当たり前にしか感じなくて、「いただきます」も「ごちそうさま」も「おいしい」もオレは最近ちっとも言わなくなっていた。
でも、最期に食べるのは、これが良かったんだ。
あぁ、満足だ。
なんだかもう、世界が終わるとか世界を救うとか、どうでもよくなってしまった。
「満腹になれたら、なんか幸せで、誰かと争う気にもならないよな」
精神的にもお腹も満たされて、ため息と一緒につぶやいた瞬間、眠気がさしてきた。
「なんで、いきなり、ねむく……」
そうか。時間切れだ。
このまま世界と終わるのも、悪くない、か……。
※
目が覚めても、世界は終わっていなかった。
なんだ。やっぱただの夢だったか。
スマホをたぐりよせると、
【致命的大事故が奇跡的に直前で回避される】
【臨時首脳会議で各国の食に改めて注目が集まるのか】
【美味しいユメの内容を語ろう32】
【神様との会話を晒してけ51】
【私が世界を救った】
【いや、世界を救ったのは俺だ】
ニュースやSNSがすごいことになっていた。
さっきまでのやりとりが夢だったわけじゃなく、無事に世界は救われたようだ。
どうやらオレが先取り報酬としてもらっただけのつもりだったアレが、アクセスしていたすべての人類に対しても行われていたっぽい。
いや、オレだけじゃなくて、全人類中オレ含む数%の望みで、シミュレーションの結果が有効だったから実行されたんだろう。
書き込みを読んだ感じ、他にも「味覚を鋭敏にして欲しい」「病気で食べられなくなった好物をまた食べたい」などの願いも叶えられているみたいだ。
もちろん真面目な計画の立案者もいて、どうしても足りない時間を稼いだのが、オレ含む食に対する欲だったもよう。
美味しさは思考が止まるもんな。
世界が救われたのは、まさに全人類の合せ技なんだ。
「マジ神様だったのかー」
だったらもっとスゴい報酬を望めば良かった。
でも、あのときパッと思い浮かんだのが食べ物のことだったんだよなぁ。
部屋にいつもの朝の匂いが漂ってきた。鳴り出したアラームを止める。
早く本物を食べたくなったオレは、部屋を出て、トイレと洗面を済ませると、台所に向かった。
「……おはよう」
「おはよう」
久しぶりにオレから挨拶した。
緊張しているオレには気づいていないような、いつもの母の様子にほっとする。
母もきっとなにかを食べたはずだ。クラスでもなにを食べたかで盛り上がるんだろうな。
あのとき、オレは確かにあれこれ食べてみたくて、神様に先取り報酬を要求した。
でもオレはどうも、食べるだけじゃなくて、食べた感想を誰かと共有したかったんだ。
あの時は目の前に神様がいたけど、オレのエゲツないカニへの感動はスルーされた。
あの瞬間、オレだけ食べて、感動するのもオレだけなら、なにを食べたって同じだと思ってしまった。
そうじゃなくて、オレは誰かと感動を分かち合いたかったんだ。
それがオレの三つ目の願い事。
みんなはなにを食べたか気になる。
美味しかったかよりも、どうしてそれが選ばれたのか。予想通りの感想だったのかを、早く知りたいし語りたい。
でも、今は。
席につくと、並べられた食事に手を合わせて、心から言った。
「いただきます」
願いを三つ叶えるから三分で世界を救えと言われた 高山小石 @takayama_koishi
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