1LDK、オートロックと大家付き。

杜侍音

1LDK、オートロックと大家付き


「へーいいですね、ここ!」


 就職を機に、地元の姫路市から上京することとなった俺は住居を探していた。


 駅から徒歩15分とほんの少し遠いが、敷金礼金ナシ、築3年、風呂トイレ別に、エアコンも完備。

 東京23区内では破格の家賃5万円。

 ……まぁ正直、事故物件かと疑ったがそんな事件も噂もないし、謂れのある土地でもない。有名なYouTuberが運営する事故物件サイトで確認しても周囲にすらない。


「さらにオートロックも付いていますから、防犯面にも安心できますよ〜」


 住宅の内見を案内してくれている中尾さんという名の若い女性は、このマンションの管理人兼一階に住む大家さんだ。

 黒髪ロングが似合う大和撫子……胸も大きいな……っと、あまり見ないようにしないと。ここで警戒されたらせっかくの良物件を逃してしまう。


 建物前の道路は二車線で車通りが多いから少し騒がしいけども、静か過ぎる方が騒音問題になりやすいしな。

 うん、水回りも綺麗だ。収納スペースもたくさんある──


「よし、ここに決めます!」

「ありがとうございます! では、こちら契約書にサインを──」


 とてもスムーズに契約まで移る。

 こんな良い物件誰かに取られる前にさっさと契約してしまうに越したことないので、さっそく名前を書こうとした。

 すると、偶然にも気になる一文が目に入ってしまった。


「……ん? 大家つき……? あ、大家さんが一階に住んでますよって意味ですかね」

「いえ。私が部屋にいます」

「なるほど……え?」

「この物件、なんと今なら私がついてきますよー!」

「えぇ!?」


 こんなにも破格な値段には当然ワケがあった。

 そう、大家付き!

 こ、こんな綺麗な女性が部屋に付いてくるなど……いいのか? それ、最良物件になるだけじゃないか!? 何より胸でかいし!

 彼女ナシ。出会いナシの俺にとっては、断る理由がない。

 俺はすぐさま筆を走らせた。


「ありがとうございます! では──」


 大家さんが何か言おうとした途端、着信音に設定してあったアイドル曲が新築の部屋に鳴り響く。

 俺は大家さんに断りを入れて電話に出る。


「はい──」

『あ、伊東いとうさん? 今どちらにいらっしゃいますかね? 時間になっても来ないので、ご連絡させていただきましたー。迷ってるなら迷ってるって連絡してくださいねー』


 通話口の向こうから高齢男性の声がする。

 こんな人と連絡先交換した覚えなどない。おそるおそる「どちら様でしょうか?」と聞いてみる。


『え? 伊東さんですよね。○○○○○の404号室に内見する予定の。管理人の中尾なかおですよ。ずっとマンション前で待ってるんですが』

「えっと……あの、只今その中尾さんに案内されて内見しているんですけど……えっ」


 俺が案内人に目を向けると、いきなり彼女にスマホを持つ腕を掴まれる。……無表情でじっとこっちを見て。


『伊東さん? 伊東さーん?』と通話口から呼びかけられるも、スマホを取り上げられて勝手に通話を切られてしまった。


「あ、あの……どちら様でしょうか……」

「どちら様って、ここの管理人の中尾ですよ? どうされました?」


 待て。待て待て待て。

 当日までずっとメールでやり取りしていたので、中尾さんは年齢性別共に不詳だったはずだ。

 それをただ建物前にいたからと彼女が管理人と思うのは早計過ぎるだろ!?


「さぁ、私と契約しましたよね? 駅から徒歩15分、家賃5万円。1LDK、オートロックと大家つきを!?」


 大家つき……つきって、もしかして憑きの方……。


「あと胸も見てましたよね〜?」


 あ、バレてた。

 ダメだ……こ、殺される……!



「こぉらぁ!」

「「ぎゃぁぁぁぁぁああ!!」」

「まぁた勝手に案内しやがって! ツキコ!!」

「ああああああああ……え?」


 突然玄関から入ってきた高齢男性──おそらく本来案内してくれるはずだった中尾さんはこの女性のことを名前呼びしている。

 し、知り合いか……?


「お父さん! だって〜」


 お父さん!? 親子だったのか!?

 ……あ、でもどちらも中尾さんだしそりゃそうか。


「すみませんね、娘のツキコが勝手に案内したようで」

「いえいえ! こっちも確認してなかったのも悪かったですから! 大家付きと言われた時はビックリしましたけどね」

「ツキコ、またそんなこと言ってるのか」


 どうやら一回や二回ではないみたいだな……。これが原因でこの物件は残っていたのだろうか。むしろすぐに決まりそうなものなんだけどな。

 ツキコさんはツンツンと両人差し指突き合いながら「彼氏欲しかったんだも〜ん」と呟く。

 ……え、今からでもこちらはウェルカムですよ? 


「ったく、ツキコに彼氏はダメだといつも言い聞かせてるだろ! それにこんな今までに彼女もいたことないような童貞男のどこがいいんだ」


 おぉい! 初対面なのに失礼なこと言うなよ! そして見抜くな!


「別に結婚できるならもう誰でもいいし!」


 相当結婚欲が高いツキコさん。

 誰でもいいとか言っているし、顔は良くても性格に難ありなのかもしれない。


「ま、まぁ色々あると思いますけどもね、それは娘さん個人の意思ですし、僕の方だって……」

「あぁ、伊東さんはしっかりの人だから気付いてないのでしょうけど、ツキコはもう20年前に亡くなっていますよ」

「え?」

「冥婚」

「はい?」

「しよっ?」


 中尾ツキコさん。

 彼女はもう亡くなっている。つまり目の前にいるのは、結局幽霊だったというわけか……。

 これが家賃が安いワケ……。


「……あの、今から別の内見予約もあって」

「もう名前書いてますよね。契約書はちゃんと読まないと」


 見せられた契約書をまじまじと読み返すと、小さく、それはもう激小さく書かれた冥婚についての記載が。

 申し訳なさそうにしている中尾さん……いや義父……。

 住宅の内見をする際に限らず、契約書はみんなちゃんと読もうな。


 さもないと、とんでもないものがついてくるかもしれない。

 俺みたいに幸せに暮らす未来がみんなにも訪れるとは分からないからな。

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1LDK、オートロックと大家付き。 杜侍音 @nekousagi

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