第7話 還るべき所

 わたしは腕を振り上げると、思いっきり彼女の顔を叩いた。

 せん妄状態に有るのであれば目を覚まさせればいい。

 わたしはその考えのもと、何度も彼女の顔を叩いた。

 しかし、一向に目を覚ます気配はない。

 もしこのまま、あの水牛バッファロー(に見えている物)が博物館を破壊したとなれば、その損失は大きい。

 下手をすれば完全に失われてしまう技術などが有るかもしれない。

 それは神戸亜咲花にとっても望まない未来の姿であろう。

 わたしは今一度、目を覚まさせようと手を振り上げた時、その手を誰かに掴まれた。

 慌ててその方向へ振り向く。

 恐らく必死になっていたわたしの顔は鬼のような形相をしていたのだろう。

 腕を掴んだ本人、松井管理官が恐ろしいものを見るような目でわたしを見ていた。

「な、なんで丸太を叩いているのですか?」

 恐る恐る松井管理官が聞いてくる。

 丸太?

 何を言っているのだろうか。

 わたしはずっと神戸亜咲花の目を覚まさせようと……。

 そこまで来てわたしは恐ろしいことに気がつく。

 先程からわたしは、その場にありえないものをずっと見ていた。

 すなわち水牛バッファローの群れを。

 そこにいるはずが無いと分かっているのに見えていた水牛と同じ様に、わたしは居もしない神戸亜咲花の幻影を見させられていたのだとすれば……。

 そこまで考えるとわたしは、左手で抱えていた神戸亜咲花を離す。

 そして、そのまま空いた左手で思いっきり自分の顔を叩いた。

 痛みから涙が滲んでくる視界の中で、次第に神戸亜咲花だったものが一抱えもある丸太へと変貌していった。

 この丸太に見覚えがある。

 この博物館へ訪れた時に兵員輸送車に載せられていた丸太だ。

 そうなると、神戸亜咲花はどこにいるのだろうか。

 わたしはあたりを見回す。

 その瞬間、何かが壊される大きな音が響きそこに目を向けた。

 それは地雷除去車両が自身に装備された大型のショベルを使用し博物館の壁を破壊する様だった。

 そしてその壁の向こうから一人の人影が姿を表す。

 神戸亜咲花。

 彼女は壁の破壊跡から身を乗り出すと、地雷除去車両に寄り添いながら呟いていた。

「ただいま。みんな待たせちゃったよね。」と。

 その後、素早く彼女へと近づいた松井管理官は、彼女へ鎮静剤を投与し気絶させた。

 これにより神戸亜咲花のサイコキネシスにより暴走していた車両は全て停止した。

 わたしは、座り込んだまま呆然と地雷除去車両を見上げていた。

 たしかこの車両の名前は『バッファロー』だったと記憶している。

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