第5話 記憶の行方
応接室を出たわたしは施設管理官へ確認をした。
本当にこの依頼を遂行する必要が有るのかと。
それに対し管理官の答えは覆らなかった。
博物館へ来る前に幾つかの事態を想定していたが、結果的にはどれよりも酷い事態を引き起こしかねない物だった。
『神戸亜咲花』の記憶を戻す?
全くもって冗談ではない。
彼女が苦渋の末、記憶を捨てることにした事はこの業界の人間なら誰でも承知していることだ。
わたしだって正直な所、こんな依頼をこなすのはごめんだ。
いくら大災厄以前の知識を取り戻すためとは言え、一人の人間が決意を持って行った事を否定することはしたくない。
ましてやそれが自己犠牲を承知の上で、より多くの人を守るために覚悟を決めた行為である。
それを安易にその時の都合で覆すのは酷い話ではないか。
「それは分かっています。でも研究を進めるためにはその方法しか、もう無いのです。」
松井管理官はかぶりを振りながら必死にわたしを説得にかかるが、
「そもそも、ですよ。」
と、わたしは強い口調で返す。
「誰の許可を得て、神戸亜咲花を起こしたんですか?」
そう、神戸亜咲花は自らの意志で記憶を封印した上で、
それは必要な処置だったと聞いているし、この分野に足を突っ込んでいる人間であれば少し調べれば分かる事柄だった。
『言葉地雷』。
神戸亜咲花の能力は自己制御できない上に危険極まりない物である。
特定のワードにより発動する所謂超能力。
それが言葉地雷。
大災厄が始まる直前に積極的に研究がされていた
その祖型となるのが、この言葉地雷だった。
特定の言葉を聞く、もしくは自ら話すことで発動するサイコキネシスであったが、発動事態は容易でも制御は困難を極めていた。
それ故に能力を発動させた者の多くは自滅的に能力発動してしまった。
そのために付いた俗称が言葉地雷であった。
神戸亜咲花は当時、限定環境型超能力を使いこなせた数少ない成功例であり、それまでの失敗例を含めてもその力は圧倒的であった。
彼女をもって成功と研究チームは考えていた。
しかし、その後に同じ様に制御できる技術をまとめることは、更に難航を極めていった。
その中には、さらに彼女を研究対象として検証実験を繰り返した結果、神戸亜咲花の精神はすり減っていくことになった。
そして、精神の摩耗と反比例するかのように彼女の能力は強くなっていった。
ついに彼女の能力が自身の制御を超えたとき悲劇が起きた。
せん妄状態へと陥った神戸亜咲花は、敷地内に存在したあらゆる車両を暴走させ、研究所の職員を殺害して回ったのだった。
結果、この事態は神戸亜咲花が疲労するまで続いた。
その後、目覚めた彼女は幼いながらも自分が起こした事件に恐怖したという。
そのため、自らの記憶を封じ冷凍睡眠に入ることを願い出た。
この時、自殺する選択も有ったのだが、超能力制御技術が確立し自身の能力も制御できる日が来るなら、その時に人々の役に立つ事で自らの贖罪とすることを考えていたためであったそうだ。
そんな彼女の願いを踏みにじる様な行為をわたしは許容できなかったのだ。
「では、なぜ神戸亜咲花を起こしたのか。それだけでも教えてください。」
わたしは絞り出すような声で松井管理官を問いただした。
「……亜咲花には時間がないの。」
ポツリと小さな声が聞こえた。
「亜咲花に施した冷凍睡眠は完璧な物ではなかったの。」
改めて松井管理官が答える。
「当時の技術では意図的に超長期間人間を冬眠状態にすることは出来なかったの。」
松井管理官の独白は以下のものだった。
不完全な冬眠状態にあった神戸亜咲花は意識こそない状態であったが、ゆっくりと老化していた。
つまり見た目は当時のまま10代なかばの少女であるが、体組織はすでに老齢の域に達していた。
そんな彼女をそのままにしておけば、死亡するまで冬眠状態にするしかない。
それがいたたまれなくなった管理官は、神戸亜咲花を起こして全ての記憶を戻した上で今後の身の振り方を確認するつもりだった様である。
そこまで聞いて、わたしは依頼を受けるべきか考える。
確かに松井管理官の考えは共感する部分もある、しかし一方で神戸亜咲花の意志を無視して良いのか。
なにより、再び能力を暴走させた時の対処ができるのか。
少なくとも能力が暴走した場合、わたし自身も事態そのまま放っておくことは出来ないだろう。
その責任を負うことが自分にできるのか自問する。
ここでわたしがOKとすれば、記憶を蘇らせる手順はすぐに見つかる。
『古書店 回天堂』のデータベースにあたれば良いのだから。
わたしは以前、この手の情報を収集していた。
その中に言葉地雷についての報告が有ったことを覚えている。
その時の情報を確認すれば良いのだから。
このまま話を続けても合意は出来ないと考えたわたしは、
松井管理官に一度状況を整理するとだけ伝え博物館の外へと出た。
博物館の柱へもたれると、携帯端末を取り出し古書店のデータベースへとつなげる。
幾つかのワードを入力し検索をかける。
程なくヒットした文字列から必要な情報を選び、そのデータを開く。
そこには経過観察と、能力発動のためのワードと記憶を封じるために行った処理について記載が有った。
その部分を急ぎ端末内のメモリに移した後、わたしは改めて報告書を確認していた時、一つの項目に目が止まった。
そこには簡潔にまとめられた文章。
それを理解していないのであれば破滅の文章。
わたしは確認の為、改めて博物館へ入ろうとした時、突如敷地内で爆発音とも衝突音ともつかない轟音を耳にした。
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