第3話 本当の気持ち

 左央はいつも僕の予想の斜め上を行く女の子だった。


 泥団子を作るとなれば、粒度に着目して自分の顔が反射しそうなほどピカピカな泥団子を作った。


 自分がクラスで一番足が遅いとなれば、運動会でクラスのみんなに迷惑をかけないよう毎日朝晩ランニングとフォームの確認をして、クラスで一番足の速い女子になった。


 男子から告白された時は、その相手のためだとお断りする理由を10個以上述べた上でお断りをした。


 左央がそんな予想の斜め上を行く行動を取る人間だということは理解していたのだが……。


「ねぇ、ここ分からないんだけど」


「なんだよ突然真面目に勉強の話って--ちょっ⁉︎ 左央⁉︎ おまっ⁉︎ 何してんだ⁉︎」


 俺は左央に隣の席から移動してもらうためにわざとらしく左央の左腕に自分の右腕を密着させたってのに、嫌がるどころか更に距離を縮めようとしてくるって何考えてんだコイツ⁉︎

 てか密着されすぎてもうおっぱいの谷間にしか視線が行かないんですけどぉ⁉︎


 左央の大きなおっぱいを押し付けられているこの状況で、俺が左央との会話に集中できるわけはなかった。


「何してんだって、わかんないとこ訊いてるだけなんですけど?」


 ……は?


 まさかこれだけ密着してきておいて、無意識でやってるなんて馬鹿げたこと言わないよな?


 でも左央の反応を見るに、無意識で密着してきているようにも見える。


 無意識で密着してきている可能性があるからには、俺だけが意識している素振りを見せるわけにはいかないし……。


「えっ、そっ、そっか。えーっとそこは……」


「わかんないなら無理して答えようとしなくていいわよ」


「いやっ、わからないわけでは……」


「何? 私の胸が魅力的すぎて頭の中空っぽになっちゃった?」


 そう言って左央はしたり顔で僕の方を覗き込んだ。

 その表情を見た僕は、左央が僕に密着してきているのはわざとだということを理解した。


「なっ、おまっ! わざと押し当ててきてたのか⁉︎」


「アンタも私の左腕に自分の右腕押し当ててきたでしょ?」


「ぐっ、それは確かにそうだけど……」 


「筋肉自慢でもしたかった?」


「違ぇよ! 俺はただ左央に隣の席から移動してほしくて……」


「そんなんで移動すると思ったら大間違いよ」


「……じゃあこれならどうだ⁉︎」


 とても正常な判断だったとは思えないが、混乱してしまった俺は左央に隣の席から移動してほしい一心で左央を抱きしめてしまった。


「--っ⁉︎ ちょ、何やってんのよ放して!」


「放したらどいてくれるのか⁉︎」


「どかないわよ! どかないけど放してって言ってんの!」


「どかないなら放さないからな! 早くどくって言え!」


「どかないわよ! いいから放して!」


「どかないなら放さないって言ってるだろ⁉︎」


「早く放しなさいよこの馬鹿!」


「馬鹿とはなんだ! そんなこと言うなら絶対放してやんねぇからな⁉︎」


「--もうっ! アンタの手が胸に当たってんのよ!」


「……え? 胸?」


 そう言われて我に帰った俺は、自分の腕が左央の胸に当たっている事に気がつき、急いで左央から離れた。


「あっ、ごっ、ごめんっ--俺っ」


「頭おかしいんじゃないの⁉︎ 軽々しく女の子に抱きつくどころか胸に手を当てて来るなんて最低! それは好きな子にじゃないとやったらダメなやつなんですけど⁉︎」


「そ、それは悪かったと思うけどさ! それを言うならさっき左央が胸を押し当ててきたのはどうなんだよ⁉︎」


「あっ、あれは、まあなんというか……」


「あれこそ好きな男子にじゃないとしたらダメなやつじゃないのか⁉︎」


「そっ、それはそうかもしれないけど……」


「あんなこと僕以外の男にすんじゃねぇぞ⁉︎」


「……えっ?」


「あっ」


 完全に失言だった。


「なっ、何よそれ⁉︎ なんであんたにそんなこと言われないといけないわけ⁉︎」


「そ、そりゃ幼馴染として、左央が別の男にあんなことしてたら嫌な気持ちになるわけで……」


「幼馴染としてって、アンタにそんなこと言われる筋合い無いわよ!」


「なっ、あるだろ幼馴染なら! てかなんで左央はそこまで僕の右側の席にこだわるんだよ! 正直居心地がいいからってだけじゃ説明つかなくないか⁉︎ 僕たち喧嘩もしてるのに、居心地いいわけないだろ⁉︎」


 左央は相変わらず頑なに僕の右側の席から移動しようとしないが、改めて考えてみてもやはり左央が僕の右側の席に座り、そこから移動しようとしない訳がわからない。


「こっ、この席が一番落ち着くのよ!」


「いや落ち着くわけないだろ⁉︎ 僕が座ってる席は端だし落ち着くって言われても納得できるけど、左央が座ってるのは端から一つ隣の席で、その上喧嘩してる僕がいるんだぞ⁉︎」


「……ポテトがちょっと足りないのよ!」


 そう言って左央は僕のポテトを2本持ち、そのまま口に運んだ。


「あっ、ちょっ、僕のポテト食べるなよ⁉︎ てか足りないならSサイズじゃなくてMサイズのポテト買えばいいだろ⁉︎」


「Mサイズだとちょっと多いのよ! だからSサイズ頼んでアンタのポテトをちょっともらってるの!」


「そんなにお前の胃袋は繊細なのかよ……」


「男子と違って女子は体重管理が大変なの!」


「それなら僕のポテトちょっとやるからから離れてくれ」


「--あーもう! なんなのよ! 人の気も知らないで! 右京のバカァァァァァァァァァァ‼︎」


「えっ、ちょっ、左央⁉︎」


 突然取り乱した左央は、荷物を荒々しく待ち店を飛び出して行ってしまった。


 そして店に取り残された僕は、店の出入り口を見つめながら、独り言を呟いた。


「今まで僕のポテトもらってったことなんて一回もないじゃないか……」


 そう呟きながら僕は席に座り直し、カウンター席から見える駅構内を歩く大勢の人々が行き交う姿を眺めていた。

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