第2話 にしゅうめ

 勢いよく教室を飛び出したわけだが、焦るばかりでどこに向かえばいいのか見当もつかない。三階にある自分の教室から廊下に出て、同じ階の教室の中を覗きながら全力疾走。


「だ、誰もいねぇ……!」


 我がクラスで残っていたのが俺だけだったことからもわかる通り、こんな時間に教室にいる人なんてそうそういない。


 恋人を作れって言うんだから相手が必要だと言うのに、肝心のその相手がいない。女子どころか男子さえも。


 一つの階を確認し終わって、残り時間1分59秒。約20秒で廊下を端から端まで駆け抜けたことになる。我ながらびっくりだ。


 階段を転がるように降りて下の階へ。下級生の階だが今はそんなことに構っていられない。誰か、誰かいないのか?


 またしても全力疾走。この階にも誰もいない。さらに下へ。もうあまり時間がない。焦りと全力疾走のせいで汗が吹き出してくる。


 階段と廊下の曲がり角でようやく人に遭遇することができた。遭遇というより、衝突と言ったほうがいいかもしれない。


 ドンッと音がして、俺は弾き飛ばされた。尻餅をついた俺の目の前に立っていたのは──。


「おいっ! 廊下を走るんじゃないっ!」


 生徒指導、柔道部顧問で筋骨隆々の忠松ただまつだった。汗が冷や汗に変わる。こいつに捕まったら最後、30分は説教から解放されない、という噂だ。


「す、すいません……。急いでいて」


 一刻を争うのだ。とりあえず謝罪で乗り切れないか試してみる。


 が──。


「急いでいたからと言って許されるものではないぞ。今ぶつかったのが小柄な女生徒だったらどうする。怪我なんかさせたらお前、責任取れるのか?」


 俺の願いも虚しく説教が始まった。タイマーに目を向ければ残り時間15秒。


 もうダメだ、間に合わない。俺は諦めて目をつむり、天を仰いだ。


「おいっ! 聞いているのか?!」


 忠松の怒号が飛んできた瞬間、天井が崩落した。なぜか俺の真上だけ。天を仰いでいた顔面に瓦礫が衝突して、頭部を砕かれて俺は絶命した。


 幸いだったのは、即死だったので苦しみをほとんど味合わなかったことだろうか。それでも自分が死んでしまうショックは相当なものだ。何回やっても慣れそうにない。


「うおおぉぉい! なんだこれは! お前、大丈夫かあぁぁぁ!!」


 俺が最期に聞いたのはそんな忠松の叫び声だった。


 大丈夫なわけがないだろうがっ!



 ***



『はっ……!』


 真っ白な空間で俺は目を覚ました。どうやらまたここに戻ってきてしまったらしい。


 ──あら〜? また戻ってきたんですか〜? 死ぬのがそんなに気に入ったんでしょうか〜? ドMさんなんですね〜。


『んなわけねぇだろ! 間に合わなかったんだよ! 三分ってなんなんだよっ! どう考えても無理だろ!』


 そもそも条件がおかしすぎるのだ。三分という短い時間で相手を見つけて告白をして、返事までもらわなければならないのだ。


 ──誰に物を言ってるんですか〜? 私、女神ですよ〜? ちゃんと成功する可能性くらい考慮してあるに決まってるじゃないですか〜?


『いや、校舎に人なんて全然残ってなかったんだが?!』


 あれだけ駆けずり回ったというのに、出会ったのは忠松一人だけ。もしその相手が忠松だとして、あんなおっさん教師に恋人になってもらうなんてまっぴらごめんだ。というかあいつ、既婚者のはずだぞ。


 ──誰も男を恋人にしろなんて言ってませんよ〜? ちゃんとあなたを待ってる人がいますから〜。それに、あなた好きな人とかいないんですか〜?


 好きな人、と言われてハッとした。死への恐怖と焦りで頭から抜け落ちていた。そうだ、俺にはずっと好きな人がいる。


 名前は和葉かずは


 和葉とは物心ついた頃から側にいて何をするにも一緒だった。いわゆる幼馴染という関係で仲は良い、はず。


 気付いた時にはもう好きだったんだ。理由なんてもう覚えていない。でも、今の関係を壊してしまうんじゃないかって怯えて、告白することもできずに今に至る。


 それに──。


 2ヶ月くらい前のことだったか。和葉は2週間くらい失踪していた。心配で心配で食事も喉を通らず、夜も眠れなかったのを覚えている。


 それがある日ひょっこり戻ってきた。どういうわけか少しだけ大人びて。元々可愛らしかった容姿は、ぐっと綺麗になっていて、2週間とは思えないほど髪も伸びていた。


 無事な姿にほっとしたものの、綺麗になった和葉にドキドキして、どう接していいのかわからなくなった。そんな俺は和葉によそよそしい態度しか取れなくなってしまったのだ。それは今でも続いていて……。


 ──あの〜? そろそろいいですか〜? モノローグなら他所でやってくださいね〜。私、あなただけに構ってられるほど暇じゃないんですよ〜。


『ちょ、ちょっと待ってくれ!』


 ──待ちませ〜ん。それでは、いってらっしゃ~い。あと一つだけ、これは特別さ〜びすですよ〜。


 沈んでいく意識の中で、ふいに校舎の屋上の風景が一瞬だけ浮かんできた。


 そこに向かえってことか……?


 そう思った瞬間、俺の意識は一時的に途切れた。

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