水牛荘の殺人
村田鉄則
水牛荘の殺人
名探偵である俺には三分以内にやらなければならないことがあった。
それは推理。
そう、今回この水牛荘で起きた連続殺人事件の犯人の推理だ。
三分経つと、この屋敷の端から端まで全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが現れるのだ。
バッファローを操る電磁波を流す特殊な装置をこの水牛荘の主人は開発しており、彼を一人目の犠牲者として葬った犯人はその装置を奪ったのだ。
犯人の置き手紙の内容はこうだった。
『三分後に、この屋敷に例の装置で呼び出したバッファローの大群が押し寄せてくる。そして、事件の証拠もろとも屋敷を破壊しながら突き進んでいく。もちろん中にいる人も皆死ぬ。お前が推理して犯人である俺を特定して止めることができたら、お前らも屋敷も助かるだろう。ただ~し、頭の悪い、お前の推理は絶対に間に合わないだろう(笑)』
ワープロソフトで書かれたため、筆跡はわからなかった。
俺は、逡巡する。
一人目の被害者(主人)が残したダイイングメッセージは『9』
二人目の被害者(メイド)が残したダイイングメッセージは『happy!』
だった。この二つのダイイングメッセージは何を表しているのだろうか。
9は年齢を示しているようにも思える。
そう考えると…happy!…happy!…happy! そうか、Happy! birthday!か。つまり誕生日…
体内時計でもう一分経った。残り二分…まずい…まずいぞ…
容疑者は、次の三人だ。
執事長であるセバスチャン。
主人の娘である
主人の妻である林原
ピロン
その時、俺のスマホの通知音が鳴った。
いつもの癖でこんな時でも、スマホのホーム画面を俺は確認してしまった。
しかし、その癖がある閃きを俺に与えてくれた。
…なるほど、そういうことだったのか!
バッファローの大群が押し寄せるまで残り一分を切ろうとしていた。
俺は犯人を指さし、こう叫んだ。
「犯人はあなただ!!」
俺が指さしたのは…
林原理恵だった。
林原理恵は驚いた表情を浮かべたと思うとすぐに、ニチャリと笑って部屋を出ようとした。そう、残り時間は一分を切っている。犯人とバレたとしても、彼女が逃げ切れば、この屋敷ごと証拠は消え、彼女が犯人と知っている人も皆、帰らぬ人になる。
その時のことだ。一匹のバッファローが部屋に入ってきて彼女を突き飛ばした。
それはこの屋敷に飼われていた雄のバッファロー、
彼は主人に対する愛情により、電磁波に逆らって、犯人を仕留めたのだ。
吾郎は彼女のポケットに入っていた小型の装置を口で取り出したかと思うと、怒りの表情を浮かべて思いっきり踏みつけた。
辺りに装置の部品が飛んだ。
かくして『水牛荘の殺人』は幕を閉じた。
暫しの沈黙の後、セバスチャンが俺を見てこう呟いた。
「しかし、何で理恵様が犯人とわかられたのですか?」
「簡単ですよ。ご主人が残された9という数字は、9回目、そしてメイドさんが残されたのがhappy!つまり祝うべきもの…そう考えてください。そして、今日は何の日ですか?」
セバスチャンははっと何かに気付き目を見開いた。
「そうか、今日は2月29日、閏日…そして、理恵様の9回目のご誕生日でもある…」
「そうです。理恵さんは今日で36歳を迎えた。まあ、正確には2月28日の24時なんですがね」
林原由衣を見ると、かなり狼狽している様子だった。
「なんで娘がこんなことを…」
「簡単ですよ。彼女はこの家が嫌いになったから、潰したくなった。それだけです。
彼女は昔、駆け落ちした恋人が彼女の留守中に突然、家に現れたバッファローの大群に潰されて殺されたと、昨日俺と迎えの車で相乗りした時、言ってました。
そして、彼女は、昨日、この館を回っていたら、偶然、ご主人が装置のメンテナンスをしているところを見てしまった。先程、吾郎が潰す際に見えたのですが、装置にはバッファローの顔のシルエットをかたどったロゴが入っていました。それを見て、彼女は全てを察したのでしょう。すぐさま、ご主人を殺し装置を奪い取った。また、それに加えて、その殺人の証拠、多分、茶髪の髪の毛なんでしょうが、彼女以外、茶髪の人はいませんから、その証拠を地下室で、偶然見つけてしまったメイドさんも殺したのです」
林原由衣は、その俺の言葉を聞いて、娘の心境を理解できたのだろうか、泣き崩れた。また、吾郎も主人の死を思い出してか、一緒に泣いた。
重なり、共鳴し、大きくなった泣き声が屋敷中に響いた。
そして、この事件は終わりを迎え…
迎えなかった。
遠くから、大量の足音が聞こえ始めていたのだ…
そう、バッファローは留まることを知らない。
装置を壊しても、もう手遅れだったのだ。
窓から外下を見ると、バッファローの大群は屋敷の一階に押し寄せ、体当たりを繰り返し潰し始めていた。
数十秒後、一階の大黒柱を潰したのか、屋敷全体が斜めに傾いた。
まずい!俺はもう死ぬのか…
体勢を崩し、そう思った時のことだ。吾郎が俺達皆を背中に乗せて――
二階の窓を割り、空中へ跳んだのだった。
吾郎は屋敷の庭に着地し、館と少し距離のある駐車場まで俺達を運んだ。
皆、各々吾郎から降りた途端、彼は力尽きた。
吾郎は二階の窓から下りた衝撃により、骨折をしたらしく全ての足が変な方向に曲がっていた。そして、腹からの出血もあった。
彼の様子を見て、獣医師免許も持っているセバスチャンが首を振る。
もう吾郎は助からないらしい。
「吾郎ーーーーーーーーー!!!」
吾郎を抱きしめながら、林原由衣は泣き叫んだ。
林原由衣の後方では、屋敷――水牛荘が崩れ、砂煙が上がっていた。
煙で包まれた瓦礫の山からバッファローの大群がこちらの方を睨みつけていた。
俺は嫌な予感を感じ、すぐさま、セバスチャンに林原由衣の介抱を任せ、車に駆け込む。
林原由衣を抱えたセバスチャンが後方に乗り込んだ瞬間、エンジンをかける。
アクセルをベタ踏みし、全速力で水牛荘が頂上にある丘を下る。
バックミラーを見ると、後方からバッファローの大群が押し寄せていた。
この追いかけっこは一生続くのだろうか…
そう思えたが、奇跡が起きた。
なんと、なぜか、丘を下る途中でバッファローは、バッファロー同士で喧嘩をし始めて、その喧嘩は周りに波及していき、歩みを止めたのだった。
助かった…
俺はホッと安堵の溜息をつき、朝日がサンサンと輝き、オレンジ色に染まった街まで車を走らせた。
(完)
水牛荘の殺人 村田鉄則 @muratetsu
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