勇者は間に合わなかったようです

LeeArgent

第1話

 勇者には三分以内にやらなければならないことがあった。


 迷いの森を彷徨い、出口の光が見えたところ。

 

「やっと出口だよー。もう疲れたー」


 愚痴をこぼすのは、見習い魔法使いの女性である。

 僧侶の女性は、魔法使いに提案をした。


「森を抜けた先、聖都ミッドガルズがあると聞きます。まずは宿屋を探しましょう」


「おう。じゃあ着いたら嬢ちゃんらは宿屋に行っとけ。儂はやることがあるでな」


 初老の兵士はカッカッと笑う。魔法使いは兵士をじとっと睨みつけ、こう言った。


「おっさんのことだし、どーせ酒場でしょー?」


「おう、酒場よ。情報収集はやはり酒場に限る」


「とか言っちゃって、酒飲みたいだけの癖にー」


 仲間のやり取りを他所に、勇者は辺りに視線を向ける。

 勇者は気付いていた。ここには何かいる。


 だって、そういうだ。


「気を付けろ、何かいる!」


 勇者が剣を抜く。

 次の瞬間、地面から魔物の巨体が湧いて出た。

 八本の脚、八個の目、口元には鋏のような触腕が蠢く。

 迷いの森の番人、巨蜘蛛アラクネ。


 勇者は舌打ちする。勇者には時間が無い。さっさと森を抜けてしまいたいのに、蜘蛛に阻まれるなんて。


 勇者は的確に指示を出す。


 僧侶。賢さ上昇、攻撃力上昇の白魔法を使ってくれ。


「わかりました」

 

 魔法使い。魔力消費を気にせず、最大火力で攻撃魔法をぶっぱなせ。


「りょーかい!」


 兵士。体力が消費している。ポーションで回復してから、ガンガンいこうぜ。


「任せろ!」


 勇者は自身に宿る浄化の力で、体力を回復。


「皆様に、神の御加護を」


 僧侶の白魔法により、勇者は力がみなぎった。


 経験レベルはこちらの方が上だ。倒れることはまずないだろう。


 巨蜘蛛に向かって走る。

 射出される糸を剣で叩き落とし、糸を放つその口に、剣を突き刺す。蜘蛛は鋭い悲鳴をあげた。

 そのまま連続で五回の高速突き、最後に蹴飛ばして、大振りに切り付ける大技。

 しかし剣を振り上げた隙を突かれ、蜘蛛の糸に絡み取られた。蜘蛛はキシキシ鳴きながら、勇者の体に噛み付こうと。


「喰らえ!」


 兵士が飛び上がり、巨大な斧を振りかざす。蜘蛛の脳天に刃が入り、再び蜘蛛は悲鳴をあげた。

 糸が緩む。勇者は剣で糸を斬り、払い除けた。


「あああ! おっさん! どいてー!」


 魔法使いの詠唱が終わった。

 勇者と兵士は、蜘蛛から飛び退いた。


 木々に遮られていたはずの空から、青白い雷が降り注ぐ。幾筋もの雷が轟音を伴って、蜘蛛の体を貫き、焼きこがす。

 やがて雷が収まった頃、蜘蛛の体は光の粒子となって消え去った。


「よし、いっちょあがりー!」


 ――――――


 勇者を操っていたプレイヤーは、机にコントローラーを起き、慌ててキッチンへと向かう。

 派手な印刷がされたカップに飛びつき、半分開けられ、再度閉じられた蓋をビリリとはがした。

 湯気が立ちのぼる。その湯気をフゥと吹き飛ばして中を覗く。


「伸びてやがる……」


 勇者は間に合わなかったようだ。

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