二重螺旋に載って
低田出なお
二重螺旋に載って
ハデロンは不安だった。日に日に症状を見せる仲間が増えているのだ。エルハダも、プアトルも、あんなに冷静だったクイオルでさえ、症状を隠さなくなってきた。
バッファローである彼らの生活は、穏やかさと殺伐さを併せ持ったものだった
沼地へ向かって邁進し、暑さをしのぎ、草を食む。かと思えば、鼻の長いでかぶつや、空気の読めない粗野なちびすけの相手を強いられる。アフリカと呼ばれているその広大な土地で、彼らは毅然として暮らしていた。
ハデロンもそのうちの一頭だった。もうすっかり角も曲がり始め、大人の仲間入りをし始めたくらいだった。
その症状を初めてみたのは、つい最近の事だ。
朝日が昇り、重たい瞼を持ち上げると、少し先の方で群れのバッファローの一頭がもう起きていた。
随分と早起きである。勤勉だなあと思いながら、ハデロンは起き上がり、挨拶でもとその一頭へ近づいてみた。
起きていたのは、ヤジュリというハデロンとは突飛して親しくはない間柄のバッファローだった。とはいえ、仲が悪いわけではない。沼地で草の取り合いで揉めたこともないし、角を突き合せるようなことも無かった。
ヤジュリはつま先を細かく地面に擦りつけていた。そして、落ち着かない様子で、そわそわその場をうろついていた。
こちらが近づいて来たことに気が付くと、ヤジュリはすぐさまこちらを睨みつけてきた。ハデロンは少しばかりひるんだが、それでも声を掛けた。
「おはよう」
「あ? なんだよ」
取り付く島もない。ひどく苛立ちの乗った声色だった。
「どうかしたの?」
「知るか、どうでもいいだろ」
「……うーん」
どうやら、こちらと取り合ってくれそうもない。ハデロンは諦めて、起き始めた群れの中へと戻った。ヤジュリは妙に気が立っていたが、かといって彼に何かをしてあげるほどの義理は無い。ハデロンは放っておくことにした。
しかし暫くして、そういうわけにはいかなくなってきた。群れの仲間たちが、次々とヤジュリのように苛立ちを見せるようになってきたのだ。
ハデロンは何か病気にかかってしまったのだと思った。
病気になってしまった彼らは、常に何かに怒っていた。鼻息を荒くして、落ち着きが無い。些細な事でも暴れる様になった。
そして何より、彼らは眠らなかった。
どれだけ気持ちの良い昼間でも、静謐な夜中でも、ヤジュリのように発症してしまった仲間は決して眠ろうとしなかった。どれだけ眠ろうと声を掛けても、彼らは応じなかった。もしかしたら、眠れないのかもしれないとハデロンは思った。
悩んだ彼は助けを乞おうと、群れの年長たちに相談した。しかし、彼らは浅く笑いながら「そっとしておけ」「いずれ分かる」と訳知り顔をするばかりで、何も教えてくれなかった。
何も出来ないまま、同年代の仲間たちはどんどんと発症していった。発症した仲間たちは、どんどん粗ぶり、目につく様々を破壊していった。
ハデロンは怖かった。仲間たちがおかしくなってしまったことに。自分が事態に気が付いていながら何も出来ないことに。いずれ自分も発症し、彼らと同じように、全てを破壊しながら突き進む群れの一部になってしまうことに。
ハデロンは静かな夜、群れの端っこで涙を流した。そして、どうか自分は変わらずにいられますようにと、星空へ願い、浅い眠りについた。
実は仲間たちの変化は病気ではなく、遺伝子のリズムに引き起こされる発情期であること、バッファロー特有の発情期に現れる数週間の不眠期間であることなど、ハデロンには知る由も無かった。
二重螺旋に載って 低田出なお @KiyositaRoretu
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