帰るべき家、見るべき配信

七草かなえ

ほんぺん

 私には三分以内にやらなければならないことがあった。

 あと三分で午後九時。大好きな推しアイドルのライブ配信が始まるのだ。


 今回は久しぶりのライブ配信だ。私の推しは現場で直接ファンに会うのを重視するタイプだから。


 なので私はあと三分以内に家に帰り着く必要があった。どうせなら家の巨大テレビで見たい。だって最推しだし。あと外だとギガ消費するからWi-Fiある家のアパートのほうが絶対絶対いいし。


 すでに会社から電車に乗って家の最寄り駅に到着済みだ。あとは家まで走ればいい。いい年こいた社会人女子が何やっているんだ、という考えは綺麗さっぱり捨て去らなくてはならない。


 推しの前では多少の世間体は吹き飛んでしまう。あんまり飛んじゃうのもどうかと思うけど、という程度の理性は残っているから許して欲しい。


 ここで問題発生。なぜか私はハイヒールを履いていた。おまけにタイトスカートのスーツ。超絶走りにくい。

 どうしてスニーカーにしなかったんだろう。うちの会社緩いからスーツでなくともいいのに。


 毎日スーツを着回すことで被服代をケチって、推しグッズや円盤を買いあさっているということは会社の同僚たちには内緒である。上司とかもっての他である。


 でも走りにくいからなんだ、スーツやハイヒールがなんだ。押し活特有の妙に高いテンションを味方につけ、私は走る。私は走る。私よ走れ。


 推しが待っているのだ。夕食はまたあとにしよう。夜遅く食べると太る? 知るかそんなもの。私は推しに集中したいのだ。ながら食べなどしてはいけないのだ。


「ぜえ……ぜえ……」


 一心不乱に走るうち、ようやく自宅のアパートが見えてきた。

 今の私にとっては楽園そのものである。駅チカ物件バンザイ。


「はあ……はあ……ん?」


 スーツ姿で息を切らしていたが、スマホに通知が届いたのを見てさっと確認する。


 こんな時になんだと思ったが、何となく見なければいけないと直感が働いたのである。


 推しのファンクラブ名義で、一通のメールが届いていた。



『本日のライブ配信は急病のため休止といたします』

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帰るべき家、見るべき配信 七草かなえ @nanakusakanae

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