第4話 あまりにも素敵な夜だから

ホテルに併設されたカフェテラスの前が芝生の広場となっていて星を見るには最高のロケーションだ。たまたまハイキングの帰りにこの場所を見つけて、ここで見ようと決めていたのだ。

僕は両手に持ったレジャーシートをバサッと広げるとその上に寝転がった。

頭上に広がる空は雲一つ無く星々がキラキラと輝いている。久しぶりに見る満天の星に興奮した。

次第に目が暗闇に慣れてくると見える星の数もどんどん増えてくる。秋の淡い天の川も色濃く流れているのが判るほどだ。


「あぁ最高!あとは幻の流星群が現れてくれたら」


あまりの星空に思わず声に出して呟いた。


「そうですね。見れるといいですね」


突然暗闇から声がした。


「上山さん?!」


驚いて上半身を起こすと、


「こんばんは。ごめんなさい、驚かすつもりは無かったんですけど……」


申し訳なさそうに上山さんが現れた。


「私も流星群が見たくって来ちゃいました。はい、コレどうぞ」


差し出したのはあったかい缶ココア。


「夜は少しひんやりするから。昼間の飴ちゃんのお返しですから気にしないでくださいね。一緒に見てもいいですか?」


断る理由などあろうはずもない。僕はレジャーシートの右側に寄って、彼女のスペースを空けた。


「それにしてもよくここがわかりましたね?」

「うん。だって三上さんたらハイキングの帰りにずーっとこの場所を見てたし、『ここいいなぁ』って独り言言ってたから」

「え?マジすか?ちょっと恥ずかしいかも」

「大丈夫です。ココだけの秘密にしておきますね」


暗闇の中、星明かりで優しい笑顔が微かに浮かび上がった。


「ところで流星群見えました?」

「いや、まだ全然。でもダストトレイル理論というのがあって、それによると大出現した百数年前と同じダストトレイルを今年地球が通過するそうなんです。それが今日の午後十一時頃らしくて、ワンチャン大出現が見られるかもって話なんです。それにこの群の流星はゆっくりほろほろと流れるのが特徴らしくて、これなら願い事を三回言えるかなって……」


星の話だからか、いつになく饒舌になってしまった。


「そっかー。見てみたいなぁ、流星群」


彼女の気持ちのこもった声が夜空に消えていった。



暗闇で顔がよく見えないからか、星空の下にいるからか、いつものように緊張することもなく僕は上山さんが隣にいるのに普通に話をしていた。


体質的にインドア派だけど、そのかわり夜は大好きらしい。それならばと今度一緒に星を見に行く約束も取り付けた。


そして恋バナも。これはきっと橋本ちゃんが入れてくれたビールのお陰だろう。適度に酔いが回ってて大胆にも上山さんに聞くことができた。


「昔から恋愛って不得意というか苦手で、遠くで見てるだけで終わっちゃうんです。でもいつまでもそんなんじゃ駄目だなって思って……。だから今度は、今度こそはって……」


と、その時、僕らの真上をほろほろと光りながら明るい流れ星がながれていった。


「あ!」

「おぉ!」

「見ました?」

「見ました」

「流れましたね」

「はい、流れました」

「とてもキレイでしたね」

「あんなの見たことないです」

「ということは?」

「はい、きっと幻の流星群だと思います」

「三上さん、すごーい!私、感動しちゃいました!!」


それから堰を切ったように星たちが流れて行った。

あまりの美しい光景に僕たちは言葉を失った。そして僕は途中からずっと彼女の横顔を見ていた。

奇跡のような光景に目をキラキラさせながら感動しているその横顔は、幻の流星群に負けないほどの美しさだった。



ほんの数分で先程までのことが嘘のように、パタリと流れ星は飛ばなくなってしまった。


「凄かったですね」

「はい、来てよかったです。感動しました。三上さんのおかげです」

「それはよかった。ところで願い事はちゃんと三回言えましたか?」

「いいえ」

「えー、もったいない」

「いいんです」

「え?」

「もう叶いましたから」


彼女はそう言って満足げな表情で空を見上げた。


「え?そうなんですか?」

「はい」

「いったい上山さんは流れ星に何をお願いしたんですか?」


「三上さん、」

「はい?」 

「そんなの女の子に言わせないでください」


そう言うとプイッと横を向いてしまった。


僕は激しくドキドキする心臓を落ち着かせるように右手を胸に当てると、ゆっくり大きく深呼吸をした。

そして今度は堅く握った右手で左胸をトントンと軽く叩き覚悟を決めると、ありったけの勇気を振り絞った。


「京子さん」

「!?」


驚いたように彼女がこちらを向く。

僕は言葉を続けた。


「大好きです。俺、いつも京子さんのことを見てました。」

「嘘……、」


「こんな魔法のような夜を一緒に過ごせて僕は幸せです。だから、えーっと、これからも僕と一緒に、僕の隣にいてください。ずっとずっとずーっと」


彼女はゆっくりと目を閉じ数秒、そしてゆっくり目を開くとまっすぐに僕を見た。

そして幸せそうな顔で言った。


「はい。どうぞよろしくお願いします」


僕らの頭上を幻の流星群がひとつ流れて行った。






☆おまけ☆


「ところで三上さんは流れ星に何をお願いしたんですか?」


僕の顔を覗き込みながら彼女が尋ねる。


「うん。『上山さんのことを京子さんて呼べますように』って」


「え?それだけ?」


「はい。まずはそこからかなーって」


「でも告白してくれましたよね」


「え、あ、はい…。勢いというか何というか。こんな素敵な夜に言わないでいつ言うんだって思って」


「うふふっ。三上さんらしいですね」


京子さんは少し悪戯っぽく笑った。



完 その2

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