恋と決闘とバッファロー

宮塚恵一

恋と決闘とバッファロー

 ジャンゴには三分以内にやらなければならないことがあった。

 決闘の準備である。正確に言えば、今彼が飛び出した酒場から決闘の場に行くまでの間に拳銃を調達しなくてはならない。


 決闘の相手はジェイ・ホフマン。以前に酒場で行われたポーカーで負かせた相手だ。ジャンゴ達は、酒場の看板娘であるルイーゼにデートを申し込む権利を賭けて、真剣勝負をした。ジャンゴはその賭けに見事勝利。

 だが、ルイーゼにデートを申し込んだは良いものの、後日他に約束ができたからと断られてしまった。そこは別に良かった。問題だったのは、その別の約束の相手というのがホフマンだったことだ。

 賭けに負けた筈のホフマンが、ルイーゼとのデートを賭けの勝利者であるジャンゴから奪ったのである。


「確かにお前は賭けに勝利した。そしてデートを申し込んだな。だが、それと俺がモテることとは別の話だぜ」


 などとのたまうホフマンに、ジャンゴは激怒した。ジャンゴは、このいけすかないジャーマンポテト野郎が! と、ホフマンを罵倒して立ち上がると、ホフマンを指差しこう言った。


「ふざけるな。貴様のやったことはギャンブラーの風上にも置けない外道行為だ! 俺は貴様に決闘を申し込む!」


 ──と、そんなこんなで決闘当日である。


 決闘の場所は酒場から歩いてすぐの場所にある広場。ジャンゴは酒場で大きめのステーキを一皿頼み、肉と共にホフマンへの怒りを腹に溜め込んだ。

 そして決闘の時刻になる直前。広場に向かおうと思ったその矢先である。


 拳銃がない。


 ホルスターに入れていたと思っていた拳銃が、なかった。ジャンゴは膝を叩き、その場で慌てふためきそうになった自分を押し留めると、外套のポケットから懐中時計を取り出した。約束の時刻まで凡そ三分

 ジャンゴは考えるより先に酒場を飛び出し、馬に飛び乗った。ここから牧場まで、馬を走らせても十分以上はかかる。無理だ。間に合わない。

 しかし大事な決闘の日に拳銃を置き忘れるとはなんたることか。ジャンゴは悔しさから唇を噛んだ。強く噛み過ぎて、唇から血が滴る。その血の味で改めて自分を奮い立たせた。

 ホフマンの奴との決闘は、必ず行わなければならない。自分の拳銃がないなら、他の人間から拳銃を奪えば良いのだ。

 幸い、この町にはならず者がウヨウヨしている。銃を手にしている男を見つけること自体は難しいことではないだろう。だが、説明している時間はない。

 だからといって男ジャンゴ、何の罪もない他人から拳銃を奪う程に落ちぶれてもいない。そう考えたジャンゴが馬を突っ込んだ場所は、ワイルド・グレイの隠れ家だった。


「な、なんだあ!?」


 昼寝をしていたワイルド・グレイは、いきなり自分の寝床に馬で突っ込んできたジャンゴに驚き、早朝の雄鶏のような甲高い声で叫ぶ。

 ジャンゴは、奴の懐に拳銃があるのを確認すると、縄を投げた。投げ縄の腕ならば、ジャンゴはポーカーと同じくらい自信がある。ワイルド・グレイの持つ拳銃に縄をかけて奪うことなど造作もないことだ。


「悪いな、ワイルド・グレイ! そいつは貰うぜ!」


 ワイルド・グレイも以前、酒場によく顔を出していた男だった。名うてのバッファローハンターとして活躍していた彼だが、酒場での喧嘩で頭に血が昇り、発砲。それ自体はよくあることだが、その弾が運悪く町の保安官シェリフに当たってしまった。ワイルド・グレイは逃走したが、お尋ね者となり、隠れ家で何とか身を潜めていたというわけだ。その隠れ家を提供したのが何を隠そうジャンゴである。


「てめぇ、ふざけんな!」


 ワイルド・グレイはたまたま運が悪かったに過ぎない。ジャンゴはそんな彼を哀れに思い、助け舟を出したわけだが。


「お前は正義の保安官シェリフを撃った罪人には違いない! そんな奴から盗みを働いても、俺の良心は咎めない!」

「!? てめぇ、意味わからんぞ!」


 ジャンゴは自分に言い聞かせる意味でもそんな風に言い訳を口にしながら、ワイルド・グレイの拳銃を強奪した。


「ハイヤー!」


 そのまま馬を走らせて、決闘の場へ向かうジャンゴ。息も絶え絶え、汗塗れであったが、何とか約束の場所にたどり着いた。


「遅かったじゃねえか、ジャンゴ。逃げたのかと思ったぜ」


 既に決闘の場で待っていたホフマンがそんな減らず口を叩く。

 ジャンゴは念の為、懐中時計を取り出して時刻を確認した。


「ふ、お前こそ。随分早く──ぜぇ──待っていたもんだな。ふ、また俺に負けることを──ぜぇ──考えていたら余裕が──ぜぇ──なかったか? 俺は──ぜぇ──そんなことない。ふぅ──余裕をもって、この決闘の場についたぜ」

「めちゃくちゃ余裕なさそうだが?」

「ぜぇ。さて、何のことだ?」


 ジャンゴは馬から降り、ホフマンの前まで歩く。決闘のルールは王道。二人で背中合わせに立ち、数歩歩いたところで声を上げてから振り向く。


「先に相手の体にド弾をぶちこんだ方が勝ち。ビビって狙いを逸らしても次の弾を込めるまでの間に相手に撃たれる。良いな? 正々堂々勝負しよう」


 細かく決闘のルールを確認するホフマンを、ジャンゴは鼻で笑った。


「言われるまでもねえ。ふん、女を奪いやがった卑怯者が。お前の方こそ二度と汚い真似をするんじゃねえぞ」

「モテない男の僻みだ。こちらこそ、望むところだ」


 ジャンゴとホフマンはお互いの持つ銃を交換した。特に何も仕込みがないことを確認してから相手に返し、銃をホルスターに仕舞う。


「それじゃあ行くぞ。七歩目だ。七歩目でお互いに撃ち合おう」

「了解」


 二人は背中合わせに立つ。二人の決闘を知って見物に来ていたギャラリーも、それを見て遠くに移動した。その中に、ルイーゼの姿があることをジャンゴは見逃さなかった。拳銃がないことに気付いた時は焦ったが、ルイーゼがいるならば、とジャンゴは己の闘志に火を付け直した。

 ──見ていてくれ、ルイーゼ。


「一歩」

「二歩」

「三歩」

「四歩」

「五歩」

「六歩」

「七歩」

撃てシュート──!」


 ジャンゴとホフマン、二人同時に叫ぶ。そしてジャンゴはホルスターの拳銃に手を触れて、ギョッとした。

 ホフマンの方も先に異変に気付いたらしい。拳銃に手をかけることなく、遠くのある一点を見つめていた。


「俺の拳銃を返しやがれ! クソ野郎がジャンゴ!」


 男の大声が枯れ空に響く。それだけではない。大地が揺れていた。空気が揺れていた。


「バッファローだ!!」


 ギャラリーの誰かが叫んだ。方々で悲鳴があがる。

 バッファローの群れが押し寄せて来ていた。

 その後ろの方に、ジャンゴには見覚えのある男がいた。


「ワイルド・グレイ!?」

「ジャンゴ! このクソが! 男の風上にも置けねえ野郎だ!」


 ワイルド・グレイが空に向けて手に持った猟銃を撃った。それに呼応するかのようにバッファロー達が吼える。


「グモオオオオオオオ!!」


 バッファローが町の入り口にある木を薙ぎ倒す。ワイルド・グレイの寝床であった納屋も、何もかもを薙ぎ倒して決闘の場である広場に向かって、バッファローの群れが押し寄せる!


「逃げろお!!」


 ジャンゴの情けない声と共に、ジャンゴとホフマンの二人は走り出した。ジャンゴは馬に乗ると、ホフマンに手を伸ばした。ホフマンは一瞬躊躇したが、その手を取る。


「ハイヤー!」


 ホフマンを後ろに乗せて、ジャンゴは馬を走らせた。空気の振動が、馬の上にいても伝わってくる。それでも何とか広場から抜け出して後ろを振り向いた。

 バッファローの群れが、先ほどまで二人が決闘をしていた広場まで来ていた。酒場の看板や壁も薙ぎ倒されている。町の全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを、ジャンゴは唖然と見送る他なかった。


「ああ、ルイーゼの店が」


 ジャンゴの後ろでは、ホフマンが涙声で大量のバッファローによって壊れゆく酒場を見つめていた。



🦬


 ワイルド・グレイは町を破壊した極悪人として逮捕された。幸い、町の人々がジャンゴとホフマンの決闘を見に来ていたこともあり、犠牲者はそう多くなかったらしい。

 ジャンゴは、ワイルド・グレイの企みを早々に察知してその隠れ家を暴いたと讃えられ、表彰された。事実とは異なるが、人に感謝されることは気持ち良かった為、ジャンゴはワイルド・グレイに隠れ家を提供したのが自分であることや、そもそも奴がバッファローの群れを町にけしかけた理由もほとんど、というか全面的に自分にあることは黙っておいた。

 酒場を含めた建物も何とか修復され、町もバッファローの群れが押し寄せた以前の活気を取り戻していた。


「ジャンゴ、ありがとうな。決闘相手だってのに、俺を助けてくれるなんて」

「良いってことよ」


 ホフマンからも、そんな風に感謝された。ジャンゴもいけすかないキザ野郎に弱弱しい声でそんな風に言われ、恩を着せられて悪い気はしなかった為、決闘のことは忘れることにした──。


「ルイーゼに怪我がなくて良かった。大事な体だからね」

「大事な体?」

「ああ、彼女妊娠してるんだ」

「は?」


 聞いてない。何の話だそれは。


「それは、えっと、誰の?」


 わなわなと震え声で尋ねるジャンゴの問いにホフマンはケロリと答える。


「無論、俺の子だが」

「──ッ! 決闘だ!!」


 今日も酒場は賑やかである。

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恋と決闘とバッファロー 宮塚恵一 @miyaduka3rd

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