野良猫シンデレラボーイ

金澤流都

食事は三分以内で

 野良猫には三分以内にやらなければならないことがあった。

 彼――野良猫の、縄張り内に住む親切なお婆さんはいつもキャットフードをくれる。それを、三分以内に平げねばならない。

 それ以上時間がかかると近くに縄張りを持つ、彼よりさらに大きな野良猫がやってくるかもしれないからだ。

 彼がこのお婆さんの家を含むエリアを縄張りにしたのは、単純にこのお婆さんがキャットフードをくれるからだ。ほかの場所だと、釣り人や漁師が雑魚をくれるかもしれない漁港や、野鳥の多い丘のあたりが縄張りの好適地だが、彼は体が小さく弱いので、そういうところに住むのを諦めたのである。

 漁港では魚をめぐって猫の喧嘩が毎日繰り広げられる。丘では野鳥を捕まえて食べねばならない。それはどちらも、彼のような小柄で弱い猫には難しいことだった。


 ここはいわゆる「猫島」であるが、まだ目ざとい観光客にも保護猫・地域猫活動家にも見つかっていない。

 だから近所の猫にキャットフードを大盤振る舞いするということが、このお婆さんにもできるのだ。

 もし地域猫活動家に見つかってしまったら、彼はさっそく拉致され、股間に輝く鈴カステラをチョッキンされ、耳の端を切られてしまうのだろう。それは果たして幸せなのだろうか。


 彼はある日、いつもの時間にキャットフードを求めてお婆さんの家にやってきた。お婆さんの気配はない。その代わりなにやら見慣れない人たちが、黒い服を着て悲しい顔をしていた。

 彼は直感的に、おばあさんが死んでしまったことを悟った。

 もうここでは暮らしていけない。だれも彼にキャットフードという栄養の塊をくれるひとはいない。彼は仕方がなく、そこを立ち去り、ほかのオス猫と戦う決意をした。その時だった。


「ねこちゃんいるー」


 小さな子供の声がした。振り返ると、やっぱり黒い服を着せられた女の子が、彼を指さしていた。


「あの猫ね……おばあちゃんがキャットフードを食べさせていたのは。その割には痩せてるのね」


「ママ、あのねこちゃんおうちないの? それならおうちにつれていこうよ」


 小さな子供とその母親、そして後から出てきた父親は、軽く話して、そのあと喪服が汚れるのも構わず彼を抱き上げた。彼は最初困惑して、でもきっと悪いことはするまい、と大人しくして、そのままその家族の乗ってきた自動車に乗せられた。

 そして気がつけば、島の向こう岸にある地方都市の素敵な家にいた。


 その素敵な家でも、彼は三分以内に食事を終えねばならなかった。

 女の子が、遊ぼう遊ぼうと追いかけてくるからだ。幸せかどうかは彼にしか分からない。ただ、彼はもう誰にもキャットフードを横取りされることはない。

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野良猫シンデレラボーイ 金澤流都 @kanezya

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