第2話 襲いかかるバッファロー

 偉大なる魔術師ヴィーセンダコナ。

 1000年前に現代に至るまでの文明を築き上げた魔術師で、この国でその名を知らぬものはいない。あらゆる伝説や昔話を各地に残し、今も老若男女に愛されている。

 だが、その多くは後世の創作であり、史実の彼女は謎に満ちていた。


 彼女が残したとされる多くの遺跡や遺産には、あらゆる罠が仕掛けられており、生き残って出られたものはいない。

 ――そんな伝説の中で最も雲を掴むような話が、ヴィーセンダコナが作り出し、彼女が死ぬまで補佐を務めたとされるホムンクルス。

 彼はヴィーセンダコナの身の回りの世話をし、魔術師としての技量も高かったと言われている。


「そーんないるかいないかわからん伝説の存在を、俺の事務仕事のために探し出せって……無茶すぎね?」


 ストレッチをしながら、イリスは呟く。

 だが彼の頭の中で、「あんたの場合は、伝説に縋るしかもう道はないのよ」と言うエルザがいた。そうかもしれん、とイリスは納得する。自分の事務能力の無さには、イリス自身も辟易していた。

 ヴィーセンダコナのホムンクルスなら、間違いなくイリスの動きについていけるだろう。彼女の研究内容も、彼女が口頭で伝え、彼が書き下ろしたものだと言われている。……むしろ、事務仕事も出来て戦闘能力も高いなら、イリスはお払い箱かもしれない。


「……まあ、本当にいるんなら、ツラ拝んでやるか」


 イリスは顔を上げた。

 アクアマリンともエメラルドグリーンとも言える美しい沼地が、イリスの目の前に広がる。その上にたくさんのレンガの橋が掛けられ、橋と橋で繋げられた島には、建物が建てられていた。

 中央には『蜃気楼の城』と呼ばれる、白亜の城がそびえ立つ。

 ここは晩年、ヴィーセンダコナが暮らした場所だと言われている。彼女が『最高傑作』と残したそのホムンクルスは不老不死で、今もここで生きている――そんな伝説があった。


「そんじゃま、いっちょ侵入を……あ?」


 見ると、バッファローの群れがこちらへ向かってくる。

 バッファローの群れは、沼と橋を分ける柵を壊してもなお、速度を落とさず泳いできた。


「おいおい嘘だろ!?」


 こちらの橋まで壊されたら、イリスは沼に落ちてしまう。

 イリスは全力で走った。






 ――罠って言うか、あのバッファローの群れによって命を落としたんじゃないか……。

 イリスはなんとか水中から這い上がる。水深は深くなかったが、水分を含んだ服はぐっちゃりとして、ひたすら重い。イリスは服の裾をしぼる。


「だがまあ、いいこともあったな」


 崩れ方で気づいたが、橋には錬金術による修復の跡があった。

 つまり、伝説のホムンクルスがわざわざ橋を修復しているのだ。


「やつがいるなら、進まないわけにはいかないな」


 うし、とイリスは服を払って、しわを伸ばした。

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