4.1.9 グレアム・グッドゲーム

「よお、スヴァンテ・スヴァンベリ。元気そうで何よりだな」


 その声は、やや高くハスキーだった。

 近寄ってくることを視界の端で捉えていたが、服装と黒の総髪、年齢が自分と近そうだということ以外、隣に座った男のことは分からない。どこかで見たことがあるような気がするのは、彼がオフチャクのように白系のジャケットとズボンを着ているからだろう。


「……」

「おっと、俺としたことがマナーが悪かったな。俺の名前はグレアム・グッドゲーム。ヴィエチニィ・クリッドのオフチャクで、リヒト教での階級はエグゾチスタ祓魔師だ。気軽にグレアムと呼んでくれ」

「……」

「おいおい、俺がこうして名乗って身分まで明かしてやってるっていうのに、だんまりかよ。お互いにり合った関係なんだから――」

「滅せよ、リィンカーネイション」

「懺悔せよ、コンダマー」


 スヴァンテの記憶からグレアム・グッドゲームを引くことはまだできないが、僕は敵だと認識した。身を守らなければならないと思った。相手を倒さなければならないと思った。

 左手のリボルバーを奴の頭に突き付け、右手のスモールソードは首に合わせる。

 けれど、グレアムが顕現させた銃も僕の頭に突き付けられていた。

 至近距離で奴の青い瞳を睨み付ける。


「おいおい、止せよお、スカーフェイス。こんな町中でり合うつもりかあ? シェスト教ってのは飼い犬の躾がなってねえなあ」

「僕を殺しにきたのか」

「落ち着けよ。こんな町中でり合うわけないだろう? ほら俺が先にシクロをしまってやるから、お前もしまえ。な?」

「分かった。……それで、何の用だ?」

「別に。お話をしてみたかっただけだ」

「お話? り合った相手と?」

「別に不思議なことじゃないだろ? 大事に大事に愛情を注いで育てた牛や豚や鶏だって、自分の腹を満たすために簡単に屠殺とさつする。戦争で敵味方に分かれれば、昨日の友だって殺さなきゃならない。それと何も変わらないだろ?」

「まったく理解できないな」

「それならそれでいいんじゃないか。お前と俺が違うってだけだ。……ところでお前、白渡りだろ?」

「……」


 白渡り、或いは時渡りとも呼ばれる現象は、シェスト教会の古い記録にも存在していて、オルマンドベルの勇士セルハンも遭遇していた。

 ある者は神から啓示を受けたと言う。

 ある者は見知らぬ土地のことを語り始める。

 ある者は生まれるよりも昔のことを儚げに呟く廃人なる。

 そこには白い空間が共通していて、そこは恐らく神域なのだろう。

 僕も、それであることは否定できない。


「黙ってるってことは図星だな」

「なぜ」

「なぜって、お前みたいに白い炎が燃え盛っていたら、この業界の人間なら誰だって思うし、一生に一度お目に掛れるかどうかの代物だ。誰だって興味を持つだろ」


 オイレン・アウゲンで感じたのだから、白い炎のことは当然知っている。

 だが、あれはオイレン・アウゲンにおいて自分か、自分の命と関わったヒトを示すアイコンのようなものではないのか。それが特別なものだと言うのなら、果たしては――


「もしかして、気付いてなかったのか? 教えないなんてイビガ・フリーデの連中も人が悪いよなあ。お前もそう思うだろ?」

「……性格とはあまり関係ないんじゃないか?」

「そうか? そんな白い炎なんて、ほとんどの奴は持ってないんだ。どうしたって目立つだろ? 無自覚に目立つってことはつまり、それだけ殺されやすいってことだ。分かんだろ、なあ?」


 陰鬱な雨の音とニオイがした。

 ――そういうことだったのか。


「お前、ここで僕を殺さないのか?」

「ああ? なんだってらなきゃならねえんだ?」

「あの大雨の日、僕を殺したのはお前なんだろう?」

「その通りだ。確かに俺はお前を撃った。コンダマーでな」

「なら――」

「だけど、狙いは外れたんだ。骨も内臓も無いところを貫通しちまった。おまけに別の人間の気配もしやがる。……早い話が任務に失敗してよ、俺はすぐにその場から逃げた。そうだってのに、お前は瀕死で担ぎ込まれたって言うじゃねえか。それが不思議でたまらねえ」

「は?」

「任務が消えた今となってはお前を殺す道理はねえし、何よりも任務でもないのにヒトを殺すものかよ。それよりも何よりもその白炎だ。うちの幹部連中も興味津々でなあ、ま、俺が殺すまで死ぬんじゃねえぞ。じゃあな」



 *  *  *



 そんなことがあった忙しない休日も終わり、また新しい一週間が始まった。ジェイニーの職場での態度は相変わらずで、そのことに却って安堵する。

 そしてその新しい一週間は、先週と打って変わって平穏だった。

 或る日は俗に貴族街と呼ばれている第一区画でウサギ型のケモノの群れを狩り、また別の日は農耕牧畜を主とする第四区画に赴いては、牛舎にてウシ型の巨大なケモノをナハト・ルーエで消滅させた。

 それだけだった。

 二回出動しただけだった。

 帝都はヒトが増えすぎて、もはや正確な人口を誰も分からないとも言われているが、それでもケモノの発生にはばらつきがあるのだろう。

 お陰で僕はその間、衰えた筋肉を鍛えることに集中することができた。

 どうにも頭にこびりついているのだ。


『目立つってことはつまり、それだけ殺されやすい』


 死んだところで、僕の魂はまた別の体に入れられるだけなのだけど、それでも、そうだとしても、シュテファンのような最期は御免だった。

 死にたくない。

 僕は我が儘だから、コンラートのように、スヴァンのように、セルハンのように、或いはクリスタ・ホルツマンのように安寧の内に死にたい。

 それだけだ。

 けれど、スヴァンテ・スヴァンベリの運命は、どうもそれを良しとしないらしい。


 次の休日、僕は第三区画の繁華街を散策していた。スヴァンテはどうしてかこの辺りの記憶が少ないのだ。元来が頑固者でありすぎたのかも知れない。でも、それでは足りないのだ。この辺りで任務があったときに。任務中に襲撃されたときに対応できるように。

 今日はシェスト教のローブも、イビガ・フリーデのダークグレイのスーツも身に着けていない。ありふれた焦げ茶のジャケットとズボンである。

 これならば見つかりはしないだろうと思っていた。

 だから、後悔は先にできないことを思い知ることになるのだ。

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