第5話

 そんなオレとおばあさんの驚いた視線など気にも留めず、女性は所隈なく映画館の中を見渡していた。無邪気にさえ見えるその瞳は、興味が尽きない子供のような、また何か探している小動物のようであった。


 そして財布の中から、お金を取り出すと、看板にドンと大きく書かれたその料金を受付にあるトレイの上に置いた。


 この映画館では、オモテにある券売機でチケットを買ってから受付カウンターに持ってくることになっていたが、初めての客は大抵気づかず、そのまま入って来る。


 モギリのおばあさんは焦ったように、また「何とかしろ」とでも言うように、差し出されたお金とオレを交互に見ていた。


 一応マニュアルでは、女性が間違って迷い込んできた場合、事情を説明してお引き取り願うことになっていた。それは女性の身の安全の為であり、トラブルを未然に防ぎたい映画館の為でもある。


 「ここ・・・、ポルノ映画館ですよ」


 「知っています」


 何の躊躇いもない返事が返って来た。


 「申し訳ありませんが、一応、お断りさせて頂いているんですよ」


 すると女性は何を勘違いしたのか、ハッと気がついたように、背負っていたリュックの中から身分証のようなものを取り出し、オレの鼻先に突き付けた。


 「十八歳未満ではありません」


 「ええ、まあ、ですが……」


 見ためから十分大人の女性だし、端からそんなことは疑っていなかったが、オレは困って口籠ってしまった。


 言い訳ではないが、ここはポルノ映画館という特殊な場所であり、オレは客の対応にあまり慣れていなかった。オカマバーのオネエさんたちのように映画の鑑賞を目的としない顔馴染みというか、常連とは親しく話すこともあったが、ここに来る大抵の客は、周囲を伺い忍び込むように入ってきて、顔を見られぬように急ぎ足で受付を通り過ぎていくからである。


 すると女性は、一向に料金を受け取ろうとしないモギリのおばあさんと、黙って立ち尽くしているオレを交互に見ながら、もどかしいように早口で捲し立てた。


 「どうしてですか? なぜダメなのですか?」


 当然、彼女にもポルノ映画を観る権利はある。


 これまで興味本位で『駅前キネマ館』に入って来た女性客が全くいなかったわけではなかった。


 但しそれは昼日中のことであり、5、6人程のグループだった。その時は、男性客の方がキャーキャー騒ぐ女の子たちに怖気づいてしまい、何事もなかったが、ムラムラした男たちが跋扈する真夜中のポルノ映画館に、若い女性をたった一人で放り込めば、何が起こるか判ったものではなかった。


 困ったオレは、モギリのおばあさんに助けを求めたが、こんな時こそ若い男を雇った甲斐があるとでも言わんばかりに視線を逸らし、途端忙しくなったかのように計算機を叩き始めた。


 途方に暮れたオレは、もういっそ入れてしまおうか……。観客席の後ろに立っていれば、何かあっても対応できるかもしれない。などと考えを巡らせていると、女性が「キャ!」と悲鳴をあげた。


 映画館の入口である観音扉が無造作に押し開かれ、ドアのすぐ前に立っていた女性は不意に背中を押されたのである。

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