第3話

 

 とは言っても、退屈だったオレが勝手に推測しているだけなんだけど……。おそらく当たっているんじゃないかと思う。


 前任者たちが長続きしなかった理由は映写室にあった。


 当然、老映写技師が悪かったわけではない。若者たちをビシビシとシゴいたわけでも、辛いことを強要したわけでもない。老映写技師らはただ自分がしていることを黙々と見せただけだった。


 前任者たちもまた、その老映写技師を見習って同じことを同じようにしただけのことだ。


 けれど若者たちはそれに堪え得ることが出来なかった。


 つまり防音扉で閉ざされた真っ暗な映写室の中は、館内の艶めかしいポルノ女優のあえぎ声とは裏腹に、苦痛極まりない場所だったからである。


 絶えず繰り返される光の明滅と饐えたような油の臭い。それだけでもあまり長居したくない場所だったが、若者たちをおかしくしたのは、映写機の歯車が軋む規則的な甲高い機械音とフィルムを弾くバタバタというその音だったのではないかと、オレは思っているのだ。


 真空管アンプのハウリングが止まらなくなった時のような露骨な不快音ではないが、耳元で呪文を繰り返し何度も何度も唱え続けられているような……。果てしなく続く穴の中へじわじわと引き込まれていくような……。


 映写室に響く音には、そんなある種の催眠効果的なナニカが、若者たちにいるはずのない幽霊を見せてしまったのではないかと思ったわけである。


 オレの場合は研修の時でさえ点検以外で映写室の中に入ることはなかった。が、ここで長年働いている老映写技師たちは、出勤から退社まで、当然のように映写室に籠っていた。


 それは映写機がまだ半手動式で、フィルムの素材が可燃性だった時代から続けられている映写技師たちの習慣だった。


 それでも映画をこよなく愛する前任者たちは、長年映画に携わってきた老映写技師のそのストイックな姿に、憧れにも似た感情を抱き、当為的に老映写技師を倣って、映写室に籠り続けたのだろう。


 その時、彼らは、『ニューシネマパラダイス』のトトになったかのような、そんな幻想を抱いていたのかもしれない。


 けれど、若者たちの身体はそれに耐えられなかった。或る者は耳がおかしくなり、また或る者は頭痛に悩まされ、幻影を見る者まで現れた。


 それは不幸としか言いようがなかった。


 老人と若者の聴覚は違うのだ。老人には到底聴こえないような高周波音を若者の耳は拾ってしまうのである。


 それが真相ではないかと思う。まあ思うだけで、証明はしていないのだけれど……。


 確かに、ナニカ出そうな雰囲気のある古いビルだった。見える人が見れば、本当に幽霊はいるのかもしれない。が、幸いにもオレに霊感などというものはこれっぽっちもない。


 映画が好きで、映写機に触れるだけで幸せを感じてしまうような若者たちがすぐに辞めなくてはならず、映画に何の興味もなく、バイトと割り切っていたオレが長続きするのだから、世の中、皮肉なものである。

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