第2話

 モンチと初めて会ったのは、東京の大学を一ヶ月もせずに辞めて地元へ戻り、この辺りで一番大きな都市の片隅で一人暮らしをしていた頃のことである。


 当時、オレは『駅前キネマ館』という映画館でバイトをしていた。


 映画が殊更好きだったわけではなく、借りていたアパートから近く、楽そうで割りと時給が良いという理由で、アルバイト情報誌の中から選んだ。


 年中無休で午前十時からオールナイトで朝六時まで営業している映画館だった。それがいわゆるポルノ映画館であることは面接の時に初めて知った。


 もちろんオレも男であり、全く興味がなかったと言えばウソになるが、これまで生きて来た人生というか、育った環境にはなかったものであり、多少の抵抗はあった。


 バイトを初めて最初の三日間は系列の映画館から派遣された教育係によって研修が行われた。そこで映写機についていろいろ指導を受け、手帳いっぱいにメモを書き込んだが、当時すでにオートマティック化されていた映写機は、余程のことがない限り、映写係がすることは殆どなにもなかった。


 ただ一度だけ、創立五十周年記念とかで、昭和の古い名作ロマンポルノを一日限定で無料上映したことがあった。その時は劣化したフィルムが上映中に何度も切れて、てんやわんやさせられたが、その一度っきりのことだった。


 だから普段の仕事と言えば、上映と上映の間に映写機やフィルムに不具合がないかを点検することと、すべての上映が終わった朝方、機械に油を刺すぐらいのもので、あくびが出るほど退屈で楽な仕事だった。


 これなら寧ろ、今いるスタッフ(老人4人)だけで十分事足りるのではないかと思うのだが、以前、館内で酔っ払いが暴れたらしく、会社の方針で 防犯の為に若い男性を雇うことになったそうである。


 が、しかし。こんな座っていれば金になるような楽な仕事だったが、その方針が決まってから半年の間に4人の若い男が辞めたのだそうだ。つまりオレは5人目ということになる。


 前任者は、2週間も経たぬうちに頭痛を訴えて辞めていったとのことだ。その前は一ヶ月程いたらしいが、「幽霊がでた」と大騒ぎして、次の日からパタリと来なくなったらしい。


 その前の二人も似たようなもので、最初は「近頃の若者は~」とただ呆れていたらしいが、4人目が辞めた時に、経営側もさすがにすこし考えたのだそうだ。


 映画館で働いてみたいという若者は結構多いのだそうで、募集をすればそれなりの人数は集まるらしい。


 ただ今回は、これまでとは少しタイプの違う若者を採用してみようということになり、映画への興味も映写機の知識も度外視して、体躯が頑丈そうという理由だけで、オレが選ばれたとのことである。


 ただオレの場合、まったくのド素人だと最初から判っていた為、系列の別の映画館からわざわざ技術者を呼んで研修を受けさせたが、前任者たちはその研修を受けていなかった。


 それと言うのも、映写係を募集する段階で、「映画、映写機に興味がある人」という括りがあったからである。前任者たちはそれぞれ、大学の映画サークルに所属していたり、自主制作で映画を撮るマニアだったり、多少なりとも知識がある若者たちだったからだ。


 だから研修も、古くから映画館で働く老映写技師たちに任され、簡単に済まされたのだそうだ。


 ところが、それが大きな間違いだったのである。

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