元カノと別れて十年、オレたちはずっと友達だった……。
はなだ とめと
第1話
別れた後もむかしの恋人と仲良くやる人もいるが、オレの場合、大抵疎遠になった。ドロドロと憎しみ合って別れたことはなかったが、不器用だからか、面倒臭がり屋だからか、度量が狭いからか、当てはまる要素が多すぎて、原因は判らない。
ただ別れたからといって、途端ケジメがある態度がとれるわけでもないので、会わない方が楽だとも思っている。その癖、元恋人に、“彼氏ができた”などと人伝てに聞くと、一抹の淋しさを覚えたりするのだから、我ながら勝手なものだと思う。
そんなオレでも、たった一人だけ、別れた後も付き合いが続いていた女性がいた。彼女の名は楢崎清といった。ナラサキサヤと読む。オレはモンチと呼んでいた。
恋人だった期間は僅かだったが、出会ってから十年になる。
また親父の跡を継いで花屋をしていたオレは、ブライダルの会社で働くモンチとは、いわゆる業者と取引先の関係でもあった。
だから最近は、付き合いと言っても専ら注文の電話ばかりで、直接会ったとしても仕事のついでに近況を一言二言話す程度だった。
それでも元恋人同士が、友達として、また仕事仲間として、わだかまりなく付き合えるのは、偏に彼女のさっぱりとした性格のお陰だと思っている。
ところが、この日のモンチはいつもと少し違っていた。
彼女から「相談がある」と呼び出されたのは、桜が散ったばかりの心地よい春先のことだった。
互いに行きつけである『カフェ・やぶさかでない』の二つしかないボックス席の一つを陣取り、珍しく神妙な顔をしたモンチは言った。
「今度、結婚することになったの」
オレは青天の霹靂とばかりに大袈裟に驚いて見せたが、実のところ、思い当たる節がまったくなかったわけではなかった。
出会った頃、腰に届かんばかりまであった長い髪は、社会人になってすぐに惜しげもなくバッサリ切られた。耳もオデコも丸出しになるぐらいのベリーショートで、男と対等に渡り合っていきたいという、彼女の意思表示かと思ったが、どうやら就職した地元の信用金庫の新人研修で『札勘』という大量のお札を数えなければならない作業があったらしく、たんに――邪魔だから――と、それだけの理由だった。
それがまるで昔流行った玩具のおサルの人形のようであり、それ以降、オレは彼女を『モンチッチ』と呼ぶようになり、今ではそれが短縮され『モンチ』になった。
その後すぐに信用金庫を辞めて、今のブライダルの会社へ転職したが、ベリーショートはずっとそのままだった。首が長く顔が小さな彼女によく似合っていたというのもあるだろう。
それが、昨年ぐらいから急に髪を伸ばし始めたのだ。
付き合っている男性の好みに合わせて髪を伸ばしているというのは、何となくモンチらしくなかった。
ただ結婚式というのなら何となく頷けた。『髪があった方がウエディングドレス選びの幅が出る』とブライダルの会社で企画担当主任をしている本人が言ったことだったからである。
とは言え、心のどこかで、思い過ごしであれば良いなとも思っていた。もちろんモンチへの未練は微塵もなかった。決してヤキモチを焼いているわけでもない。
部屋の隅に重ね置かれた『少年ジャ○プ』が、ある日突然処分されてしまった時のような、そんな気持ちに似ている。「読み返したりしないでしょ?」と言われれば、確かにその通りなのだが、いつもそこにあったモノが無くなると言うのは、何とも寥々たる思いがするものなのだ。
「出来ることがあったら、何でも言ってくれよ」
だからこんな時に長年付き合って来た友達なら言うべき、最も無難なセリフを言ったつもりだった。アラサー男が、昔の恋人が結婚するからといって「寂しい」などとは口が裂けても言えるものではない。
ところが、オレがそう言った瞬間、モンチの目がギラリと光った。――待っていました――とは言わなかったものの、水面から消し込むウキを舌なめずりしながら見ていた釣人のように、間髪入れずにアワセを入れたのだ。
「だったら、タケちゃんにお願いしたいことがあるの」
モンチはあまり他人に頼み事をするタイプではない。だから、それが彼女の為になるのなら、それで幸せの手助けが出来るのなら、何でも喜んで協力するつもりでいた。
けれど、彼女のその要望は、オレには到底受け入れられるようなものではなかった。
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