第4話 北向き、ツリーハウス


  北向き、ツリーハウス


 霞のようなものが――少しずつ消えてゆこうとすると、外の地面が目の前に広がっていた。目前から先の方まで、床をなぞって行ったが灰色だった。頭のなかは、何となく甘いぼんやりとした感じだった。小さい頃にもこうして、どこかの地べたに寝そべっていたような気がする。かくれんぼでもしていたのかもしれない。目線の先にコンクリートの壁があり、白い扉がある。ふと鼻に刺戟のある臭気がし――。

 わたしは飛び起きた。辺りは灰白色のコンクリート。皓皓と明るい、失神する前の部屋にいた。口に残る胃液の味で足もとを見た。わたしの吐いた吐瀉物が、床に溜まって広がっている。わたしは部屋の隅まで離れて、身なりを確認した。幸い髪や服は汚れていないようだった。

 パニックにならないように一度深呼吸をした。リュックのポケットを探ると、運良くティッシュが入っていた。わたしはそれで口をぬぐった。まだあのぐるぐる振り回されるような感覚が残っている。わたしは力なくその場に座った。乗り物酔いを何十倍も酷くした感じ――視界が揺らぎ、冷や汗のする、悪夢のような回転だった。あまり思い出すとまた吐くかもしれない。鼻にはまだ臭みが残っていた。わたしは口を濯ぎたくてしょうがなかった。

 部屋を見回してみたが、壁の隅の方にある椅子も砂時計も、奥のガラスのテーブルも倒れていなかった。ただわたしが腕で押しのけてしまったテーブルの上のコンパスは床に散乱していた。ガラスの天板の下に、四つのコンパスがコンクリートの床に落ちていて、その手前にはわたしの吐いたゲロが広がっていた。頭がおかしくなりそうだった。わたしは必死で「何か」を考えようとしていた。とにかく「何か」を考え出して、正気を保ちたかった。

 部屋の、特に椅子の上の銀の水時計を見ながら考えていた。巻いたねじを使い果たしたのか、底に紫の水が溜まっているのに回転しなかった。向かいの壁のほうをじっと見て、とにかく片づけるしかないだろうと感じた。そのためには、一度兄の部屋に戻ってバケツか何かに水を入れてここまで持ってくるしかない。あとは雑巾や、ビニール袋も必要だろう。一体何の部屋なのだろうか。水道すら引いていない。建てたときに欠陥でもあったのだろうか。それに――あの「回転」は尋常ではなかった。貧血とかわたしの身体から来たものだとはとうてい思えない。

 わたしは立ち上がり、リュックを背負った。ふらふらと覚束ない足取りでドアの方に向かった。そのときに――とても変な感じがした。歩くのに違和感があった。例えるなら、自分が乗っている列車が同じ進行方向の列車に追い抜かされていくような感じだ。外を見ていると、本来進んでいるのに景色は遡るような。何だかドアに向かって歩いているという感じがしない。それでもドアの前まで行けたが――まだ目を回したのが残っているのかもしれないと考え、ドアを押しあけた。

 ドアを開けた瞬間、飛び込んできた光に思わず目をつぶった。そしてすぐに、驚きのあまり目を見開いた。わたしが予期していたのは――いや、予期と言うにはあまりに無意識に頭のなかに用意していた景色は、影に包まれひっそりとしている、モノクロ写真で撮ったようなマンションの廊下だった。しかし瞳に映ったのは――緑の森だった。辺りは、壁にも塀にも、廊下じゅうにごつごつとした太い蔓が蔓延している。足元にはところどころに若葉が芽吹き、羊歯が生い茂っている。壁や天井には蔦が覆い、濃い緑の葉が繁茂している。そして少し離れたところにある非常階段はわたしを驚愕させた。鉄柵が見えないほど、曲がりくねった木の幹で絞めつけられ、葉で覆われている。あの直線的な骨組みは、隠れてほとんど見えない。階段自体が、一つの大きくうねった大樹に見える。幹の合間で鳥が鳴き遊んでいた。わたしはその場に立ち尽くした。そして、心のなかでこう言った。

「どこだ、ここは」

 わたしは目の前の塀に一歩近づき、そこから辺りを見渡した。塀は顔が少し出るくらいの高さだったが、周りは十分見渡せた。周囲の異常な風景は、充分にわたしの目に入って来た。わたしの狼狽などどこ吹く風の澄んだ青空に、葉の蔭から、日はちょうど南中したように高いところからそそいでいる。前方には樹木が並び、木漏れ日がチラチラと瞬き、奥の方へと霧深い森林が広がっている。遠ざかるにつれて、木は高く、密になって行くようだ。下を覗くと、塀のほんのすぐそばまで木々が迫っている。葉を付けた枝がいくつも交差していて、林檎くらいの赤い実をつけている。ちょうど下の階から、その実に手が届きそうだ。首を伸ばして見ていくと、赤い実をつけた樹木は、下の階の廊下を囲むようにして突き当たりまで並んでいる。

 わたしは首に手をやった。日差しはとても三月のものとは思えなかった。麻のシャツの下で、肌着がぬくまって来たのが分かる。腋の下に汗をかいているのを感じた。ふと後ろを振り返ると、ドアの前に何かが置いてあるのに気付いた。茶色いかわらけのような、平たい粗末な皿に、たった今、塀の下に見た赤い実が載っている。ザクロのような紅色で、先が寝ぐせのようにぴょんぴょんと尖った丸い実だった。わたしは慌てて、倒れている小さいビンのような土器を元に戻した。わたしがドアを開けたときに倒してしまったらしく、中から水がこぼれていた。わたしは皿と壺を敷居の中央に置いた。なんでドアの前にこんなものがあるのだろう。出入りするのに、どうしたって壺を倒してしまう。わたしは改めて黄色のペンキを塗ってある鉄のドアを眺めた。さっきは色彩がいやなドアだと思っていたが、この場では、そのドアはさらに際立って異様だった。このドアだけが、わたしの先ほどまでの記憶と変わらないただひとつのものだった。人工的で現代的な事物。しかしそれは、蔦と樹木に囲まれたなかでは奇妙な雰囲気を醸し出していた。ここだけ、世界が違う。逆にそれは「在ってはならないもの」という感じがした。腋の下に、汗が出ている。

 わたしはさっきから目に付いている、505号室のすぐ隣の部屋を見に行った。マンションの廊下には、ドアが並んでいるはずだった。色こそ違えど、黄色のドアと同じような鉄の扉が並んでいる。しかし――今そこにドアは無かった。部屋はちょうど扉が外されたように、ぽっかりと廊下から中が見えていた。わたしはキシキシと蔦を踏みながら、廊下を歩いて確認していった。どの部屋にも、どの部屋にも、扉は付いていなかった。部屋のなかまで蔦がはびこり、樹木に包まれた緑の洞穴になっていた。そして部屋には先程見たような土器がたくさん並んでいる。紋様の付いた壺が整列しているのは、呪術的な近づきがたい気分を催させた。

 わたしは穴から目を離すと、その前を一つ二つと通っていき、エレベーターを確認しに行った。エレベーターも同様に、扉が外されていて、壁から縁までびっしりと蔦が茂っている。しかし、エレベーター内は空洞ではなかった。ワイヤーロープの代わりに、一本の木の樹皮が枠内を覆っていた。わたしは首を入れて中を覗き込んだ。エレベーターがあるはずの果てしない空洞のなかに、地面から一本の太い木が生えているようだ。下の方――上の方まで幹が延びている。手で剥がせそうな木肌には苔が蒸していた。わたしは「エレベーター」から目を離し、脇の方を見た。本来のマンションにはエレベーターの横に階段があるはずだ。そこには当たり前のように暗い階段が続いていた。しかし――その辺りは蔓の茂った、ただの壁に変わっていた。階段が無い……。

 わたしは力なくその場に座り込んだ。このとき何となく予期していたけれど、リュックを下ろし、中から携帯電話を取り出した。画面には圏外が表示されていた。わたしはそれを、リュックの底にしまい込んだ。わたしは後ろの地面に両手を付けて、顔を上げた。わたしの記憶のなかでは非常階段だったはずの大樹を眺めた。手のひらにあたる地面の蔓は、巨人のこぶしのようにごつごつとし、それが壁から天井までざわざわと、木々の存在が全身を包んでいる。わたしは諦め、認めた。頬をつねろうかとも思ったけれど、馬鹿馬鹿しいので止めておいた。わたしはぼそりとつぶやいた。

「夢じゃない、これは現実なんだ」

 木の枝がさざめき、向こうの廊下の端から風が吹いてきた。わたしは水色のシャツをまくり、遠く鳥の声を聞きながら茫然とした。涼しい風が、首筋に流れる汗に当たった。掃き清められた神社の境内を抜けるような、ひそやかな空気の通過だった。わたしのこころのなかで、誰かが言った。

「世の中には、扉を開けたら世界がガラッと変わっていました――って出来事もあるのかも知れない」

「それにしても変わり過ぎだと思う」誰だか分からないけれど、わたしは心のなかのその人に言った。

「でも未来に何が起こるかなんて、君には分からないはずだ。街を歩いていたら頭上から人が落下し、それにまきこまれてミナの人生は幕を閉じたなんてこともありうる」

 わたしの頭は何か、無数に引かれた黒い線の、密度によって明暗が異なるものを見ていた。わたしは廊下の壁に目をやった。

「そんなこと」

「イメージできない?」

「イメージできない」わたしはぼんやりマンションの廊下の樹木を見ながら言った。

「なら『高層マンションの下を歩いていたら、帽子が落ちてきた』では?」

「イメージ着くね。だいたい」

 わたしはなんとなく縁つきの白い帽子が、蝶のようにひらひら落ちてくるところを想像した。

「『高層マンションの下を歩いていたら、小石が落ちてきた』」

「まあ……」

 小石がつむじに当たるのを想像した。「痛っ」と上を見るだろう。

「『高層マンションの下を歩いていたら、花瓶が落ちてきた』『高層マンションの下を歩いていたら、布団が落ちてきた』『高層マンションの下を歩いていたら……人間が落ちてきた』」

「……」

「どうだろう、段々と確率が下がってくるのかな。人生で布団が落ちてくることはあるかもしれないけれど、人間が落ちてくることはまず無いよ。そうかな。石が落ちてくるなら、人が落ちてくることだって在り得るんじゃないか。人間は隣人が交通事故に遭ったときでさえ、どこかで、自分に車がぶつかってくる事は無いだろうと思っている。けれど、車どころか列車が突っ込んで来る事だって世の中にはある。結局それは、自分の想像がそこまで届くかどうかの違いだけなんじゃないかな」

「……」

「でも現実は、きみが想像出来るかなんてことに頓着しない。ミナの想像力とはお構いなしに『こと』を運ぶ。殺人は起こる。詐欺には遭う。災害には襲われる。塔が爆発する。テロが起きる。自由が失われる。戦争が始まる。いつだって対岸の火事だと思っている。まだ離れている――まだ離れているってね。あるいは、そう思い続けていなければ、人間は生きていけないのかもしれない。でも、ときには親類に裏切られることだってあるのさ」

「爆発とか、戦争とかそんなの一パーセントも無いよ」わたしは言ったが、別に考えがあるわけじゃなく、売り言葉に買い言葉。わたしの心のなかで、ダレカはすぐに言った。

「そう、ミナが否定するのも当然だ。君に限らず、こういう話はいつだって人に厭われる。聞く耳持たない。あるいは、何だか知らないけれど、異常に、やけに怒りを買う。まるで何かを抉られでもしたかのように。でも、まあいいよ。そんなこと一パーセントも無い。そうしよう。でも……それなら果たして、一パーセントと九十九パーセントの出来事に違いはあるのだろうか。それは百回千回ときみが人生を送るなら分かる。一万の人生の内、一回だけ列車に轢かれました。あとはセーフです。そんなことにも意味はあるのかもしれない。でも、この一回だけ……一回限りの人生のなかで、一パーセントと九十九パーセントを分けられるのだろうか。人生は主観的なものだ。サイコロを何度も振り続ける訳にはいかない。そんなところに確率なんてものが、とぼけた顔で入って来られるのだろうか」

「……」

 わたしは延々と話し立てられるのにウンザリしてきた。気持のよい話でなければ尚更だ。ただの詭弁にしか思われない。わたしは話を替えた。

「……あの変な部屋に入って、箱のコンパスを入れ替えて、ぐるぐる回って外に出たらこうなってたのかな」

「因果関係で言えばそう思われる。『因果関係』というものが、このアマゾンで通用すればの話だけれど」

 そう言って、わたしの心のなかのダレカは天を仰ぎ見た。わたしは口をつぐんだ。でも、初めから何となく気が付いていた。いや、まさかそんなことは無いと思っていただけで。太陽の日差しは、非常階段の樹の方から来ている。南の空から燦々と。それに、たとえ太陽が出ていなくてもわたしの生理が感じている。北向きだった玄関が南を向いている。ひと続きの部屋の奥が、北を向いている。廊下の端が東に変わり、わたしの居るかつては階段だった行き止まりが西向きになっている。そう、そっくり方角が逆になっているのだ。わたしはダレカに言った。

「やっぱりあのコンパスのせいにしか思えないよ。確かわたしの手に取ったものも南に針が向いていたし」

「じゃあ、あの黄色い部屋に戻ってまた入れ替えて来ようか」

「また、ぐるぐる振り回されるのかな……」

「因果関係で言えば」

 わたしはこころのなかで呻いた。いま二度と味わいたくないものがあるとすれば、それはあの回転だった。自分がいつ終わるともしれないミキサーにかけられているような気持がした。多分、また吐くだろう。

「ここも悪くないと思うけどね」

「……」

 わたしは何も言わなかったが、それは本当のことだった。今ある光景を認めてしまえば、あまり悪い感じはしなかった。わたしの居るところは、理屈はどうあれ実際にはここなのだと。そう思うと少し、興奮さえ覚えた。建物は夥しい蔦に覆われ、植物が繁茂している。鳥が啼き、赤い実が生り、非常階段は鬱蒼と茂っている。エレベーターには一本の木が生えている。乱立するビルと騒々しい車の音は消え、閑寂な樹木に包まれている。わたしは今、あり得ないところに居る。未だかつてない場所にやって来ている。でも同時に――奇妙なことに、何故か親しみのようなものもあった。それは、昔一度だけ訪れた、忘れられた場所に、また足を踏み入れたような――言いようのない錯覚だった。それがわたしを活気づかせた。

「ちょっと上まで行ってみないか。一番高いところから景色を眺めてみようよ」

「どうやって?エレベーターだったところには木が生えているよ。階段もなぜか壁になってるし」

「非常階段を登れば良いじゃないか。柵も段も曲がりくねった幹で覆われているけれど、辛うじて原型はある。両手を使ってよじ登って行けばいいよ。アスレチックみたいに」

「そうか、じゃあ行ってみようか」

 そう思い、腰を上げようとした矢先、まさしくわたしが見ていた非常階段の樹から人影が見えた。

「待つんだ!」

 こころの中でダレカが叫び、わたしはそのまま息をひそめた。柵に蔓が絡んでいて見えづらいけれど、何者かが上から降りようとしていた。わたしは座ったまま、その影をじっと観察した。柵の辺りに片手をかけ、馴れたように降下していく。やがて、わたしのところからは影で見えなくなった。風が樹木を揺らす音、鳥の声に混じり、がさがさと茂みのなかを動く音が聴こえる。やがて、すっと――廊下の影から少年が現れた。

 彼は左を見、すぐにわたしに気付いた。わたしは少年を見ながら立ちあがった。わたしより背は低そうだが、日に焼けた、ずいぶん大人っぽい精悍な顔立ちだった。彼は訝しげに近づいてきた。変わった服を着ている。わたしの前まで来ると、何か言った。

「……何しとる」

 何か言わなければいけない――と焦っているのに、頭は余計な事ばかり考えていた。この子、毛皮みたいなのを腰に巻いている。それに――黒い石の、刃物みたいなものを下げている。何をしているかどころか、どこに居るのか――何が起きたのか、訳も分からないのに、そう聞かれても。こんな子供にいきなり殺されるなんてことは無いよね。何が正答なのか。わたしは小さく言った。

「えっと……木を見とる」

 何か馬鹿にしたように思われそうかと、相手の様子を窺ったが彼は言った。

「さいか」

 そうか、と言ったらしい。彼はわたしの足先から頭の上まで眺め、わたしの顔をじろじろと見た。そのとき目が合った。彼はがらりと表情を崩して笑い、言った。

「変なかっこじゃ」

「……」

 あなたの方がよっぽどだ、と思ったが言うのは止めておいた。その発言がどの程度適切なのか判断が付かない。その範囲も分からない。わたしが黙っていると、彼は言った。

「胸はどした?」

「胸?」

 何のことを言われたのか分からない。すると彼はわたしの胸を指差した。

「胸じゃ、そこに二つある。ずいぶん小さいが、背が大きくなった分ちぢんだのか」

「なっ……」

 わたしはその場に立ち尽くした。耳まで、顔が赤くなっているのを感じる。しかし少年は――わたしが我に返った頃には横を過ぎ、「エレベーター」の前の、樹木で覆われた部屋に入って行った。

 後を追って部屋に入ると、彼は室内にある甕を運び、部屋の奥の方へと進んでいった。緑の部屋の奥では水が湧いていた。こんこんと、かつてはベランダと言えたであろうところから流れ出ていた。外は鬱蒼とした影に包まれている。今はこちら側が北の方角だ。ふと蛇でも出てきたらどうしようと不安になり、彼を見た。しかし少年は、わたしが内心怖れているのは気にも留めず、甕に水を入れていた。少年は、わたしの気持とは裏腹に、口笛を吹きながら機嫌良く仕事をしていた。わたしが何もせずに彼を眺めていると、少年はやがて水を溜めて、外に運び出そうとした。水の入った甕は、少年の背と比べるとかなり重そうだった。

「わたしも持とうか?」

 わたしはおずおずと笑顔を作り、聞いてみた。少年はなんだか胡散臭そうな顔をした。

「いいぜ――にやらせん」

 少年は虫を追うようにわたしの顔へ手を振った。わたしがむっとすると、少年はもう甕を運びだしていた。絶対運べないだろうというわたしの思惑に反して、少年はせっせと廊下の方に進んでいた。ただそれはアリのような行進で、大変そうなのは一目瞭然だった。わたしは少年と対になって甕を抱いた。少年はとても驚いたみたいだった。

「重そうだよ。手伝ってあげる」

 少年はすこし驚いたまま黙っていた。運びながら、廊下の途中で言った。

「……おまえは子供か?」

 何故そんなことを聞くのか――わたしは甕の向かい側にある顔を見た。ずいぶん凛々しい、青年にも見えそうだなと思った顔は、今は困惑した表情をしている。背丈を見ても、この男の子は同じくらいの年齢なのかもしれない。

「中学生」とわたしが答えると彼は言った。

「チューガクセイ?それってなんじゃ。子供なのか」

 中学生という言葉は通じないらしい。じゃあ――けれど、何て答えれば良いのか。こどもだろうか、おそらく。

「こどもね、たぶん」

「さいか……ならよいぜ。だいぶん背が大きいから間違えた。思えば胸も無い。そりゃそうじゃ」

 こいつまた胸のこと言いやがった。失礼ながきんちょだ。すごく大人っぽい顔だけれど、もしかして小学生くらいなのかな、しつけのなってない、そういうことに興味津々な年頃なのかな。

「背は普通でしょ。160センチ無いくらいで、女の子としてはちょうどいいんだよ」そう言うと、少年はいきなり笑い出した。楽しそうに、あっけらかんと。わたしはちょっと面食らった。やがて笑い続けながら彼は言った。

「巨人じゃ」


 少年と一緒にそろそろと甕を運びながら、これをどこに持って行くのだろうと思っていると、わたしが出たあの黄色い扉の前で止まった。

「下ろせ」

 命令口調にわたしはむっとしたけれど、黙って腰を落として静かに甕を下ろした。少年は満足そうに言った。

「助かったぜ。おまえ力あんな」

 「下ろせ」だとか「おまえ」だとか「力もちだな」とか、ムカつくことばかり言う。少年が黄色いドアの前で、座って何かやっているのを見ていた。すると少年は何かに気付いたようで、言った。

「ソウズケがこぼれとる」

 少年は黄色いドアの前に置かれている土の小瓶を見ていた。

「ああ、ごめん。さっきわたしが倒しちゃった。部屋から出るときに。そんなところに置いたら倒しちゃうよ」

「おまえが倒した?部屋から出るときに?」

 少年はわたしを見上げた。

「うん、ごめんね」

「おまえ、部屋から出てきたのか?」

 明らかに、少年の顔には驚きとこわばりが表れていた。わたしはいきなりのことに不安になった。拾った鍵を使って部屋に勝手に入ったのを思い出した。父からの電話、白い箱――それはずいぶん前のことに思われたけれど。

「そうだよ……でも色々あってね。それで……」

 彼は真剣な顔をしていた。深く、何かを考えているようだった。何ひとつ冗談めいたところは無かった。わたしは彼の表情に釘付けになった。やがて彼は言った。

「オーキナを呼んで来なけりゃいかん」

 すくっと立ち上がると、真剣な目をわたしに向けて言った。わたしはどぎまぎした。

「ここで、待っていてくれるか」

「いいけど……」

 わたしが言うが早いか、少年は駆けていった。あっというまに、するすると非常階段の樹を登り、見えなくなった。

 わたしはしばらくその場に立って、さっき少年と二人で運んだ甕を見ていた。何もすることが無いので、東の方に廊下を歩いて先まで行った。壁に身体を寄らせ、外を眺めた。近くの木はまばらだが、段々と梢が高くなっていく。それにつれて木々が集まり、暗くなっていった。

「ここに居て良いのかい?」ダレカが言った。

「なにが?」

「彼らにとっては物凄く大変なことをしてしまったのかもよ」

「……」

「大勢で嬲り殺しにされるかもよ。ネアンデルタール人みたいな恰好をしていたし」

「わたしは、ネアンデルタール人はホモサピエンスより温和で友好的だったって説を採用してる」

「まあ、いいけれど。それに――来たみたいだ」

 わたしは、がさがさと茂みを揺らして廊下に入ってくる音を聞いた。さっきの少年と、とても背の低い――少年より背が低い。子供くらいの大きさだ――老人がこちらに歩いてきた。老人も毛皮を腰に纏い、日に焼けた黒々とした肌をほぼ剥き出しにしていた。やがてわたしたちは相対した。少年はずいぶん困惑した表情だった。それに比べ、老人はふさふさと髭を生やし、穏やかな顔をしてこちらを見ていた。笑っていないのに微笑んで見えるような、いかにも長者らしい顔つきをしている。それでわたしの顔をとっくりと見た。落ち着いていて、いやな感じはしなかったが、そうずっと見られていても困る。

「あの……」

「お待ち申しておりました」

 老人はにこにこと、礼をした。

「はい?」

「ここではなんですから、上までお越しになって頂けませんかな」

「はあ……」

 すると老人はゆっくり歩き始めた。何の説明もない。わたしはそのあとを付いて行くしかなかった。少年はわたしと老人を先導し、茂みの枝を手で押さえて、私たちを非常階段の樹に通した。瞬間、青空の下の緑のにおいが全身を包んだ。蔦で鉄骨はまるで見えない。曲がりくねって伸びる非常階段に、大きな木の腕で抱かれているようだった。少年と違い老人は、さすがに今は木で覆われて坂のようになっている階段を、二足歩行で歩くわけにはいかないようだった。両手を使いよじ登って行った。少年は先に立ち、手を引こうとした。

「オーキナ、つかまれよ」

「いいぜ、儂は。それよりサンナさんの下につけ。転がり落ちたらどうする気じゃ。おまえはそういうところがてんで抜け取る」

 少年はむむっとしたようだが、悪気は無く、顔に出やすい性分に見えた。黙ってわたしの横を過ぎ、後ろに付いた。わたしも立って歩こうと思えば出来そうだったが、念のため両手を使って登って行った。次々と蔓に手を掛けながら思った。サンナさん。サンナさん。サンナさん?

 段を――段だったものを上まで上がると、塀の横の平らな通路を歩き、また同じように上の階へとよじ登ろうとした。老人はまた蔓に手を掛けた。わたしもしゃがんだとき、後ろから少年が大きい声を出した。

「こら!なにを覗き見とる。おまえも仕事せんかい!」

 少年は、階段の脇の廊下にいる誰かに向けて言っているみたいだった。わたしは傾斜を登りながら、何だろうと廊下の方を見下ろした。木の隙間から、一歳か二歳くらいの子がこちらを興味津々な目つきで見ているのが分かった。わたしは手を振ってみた。その子はびっくりして、目を見開いたけれど、ややあって手を振り返してくれた。わたしのすぐ後ろで少年がまた怒鳴った。その子は一目散に部屋のなかに入っていった。

「怒ることないじゃない。あんな小さいのに」わたしは登りながら、非難するように後ろを振り返って言った。少年は当惑したような、いきなり外国人に会って何か言われて、何と言えばいいのか分からない――という顔をしていた。

 うねる、蔦のはびこる非常階段を登っていき、ついに九階まで来た。わたしがぼんやり外の景色に目を奪われていると、廊下に入る前に背の低い老人が言った。

「さて、どうしますかな。まだ準備が出来ておりませぬ」

「準備ですか?」

 わたしは景色から目を外して、何やら分からず老人を見た。

「お食事とかです」

 わたしは数秒黙っていた。老人は微笑んでおり、誰も何も言わなかった。わたしはその沈黙から一つの推定を導いた。

「わたしの?」

「あなた様の」

 わたしが黙っていると、老人はにこにこしながら言った。

「準備が出来るまで、どこか空いているウロでお休みになりますか」

 わたしが――もう幾分前から欠落しているが――思考のとっかかりを失っていると老人が言った。

「カツミ、西の端のウロに案内してさしあげなさい。うちは今てんやわんやじゃから」

「分かった」

 カツミというらしい少年はそう答えた。

「失礼の無いように」そう言うと老人は敷居を跨いで廊下に上がり、右へと歩いて行った。わたしは非常階段から老人がゆくのを見ていた。そのときにちょうど、雲間から陽が差し、木の影が長く伸びた。わたしは思わず振り返り、非常階段の突端に立った。

「ウロに案内するが」

 後ろからカツミが声を掛けた。わたしは彼の顔を見てどうするか迷ったが、思い切って言った。

「少し景色を眺めてもいい?」

「よいが……」

 階段を登るときも、蔦や幹の隙間からチラチラ外は見えていた。階を増すごとに周囲の木立よりも高くなっていく。今、非常階段の舳先に立ち、飛び込むように広がる世界を眺めた。十年二十年と住居ビルが建ち続け、目の前を塞いでしまったアニーのマンションの景色とは全てが違っている。森だ。延々に広がる森が、大空の際まで、限りなく続いている。少し離れたところからはもう、木は十階建てのマンションに迫る高さになっていて、遠くの方では、梢が地平線の先まで続いている。緑の大洋だ。地面は海の底に沈んだように、暗く静かな森の深みにある。その、表面の水面(みなも)を目前にしている。鳥は水平線を滑るように飛び、太陽は西の方から、緑の波を越えて届いている。

「森が珍しいか?」

 カツミが後ろから声を掛けた。わたしは考えた。そして小さな声で言った。

「そうね、めずらしいかも。……こうやって真正面から、真上から、森を見たことはない」

 おまえ――と言いかけ、カツミは口をつぐんだ。

「あなたのゆうとることは分からん」

 わたしはふと疑問に思ったことを聞いてみた。

「ねえ、わたしがサンナって呼ばれてるの知っているの?」

「伝わっている」

 伝わっている――わたしはその言葉を吟味した。

「ここはどこなの」

「……」

 言葉の通じない人を相手にするような顔だ。わたしは別のことを聞いた。

「わたし……あなたの家で夕食をごちそうになってもいいのかな」

 カツミは内気な少年のように押し黙っていた。その戸惑いが伝わって、わたしも困惑した。わたしはぼそりと言った。

「部屋に案内してくれる?」

「こっちじゃ」

 カツミは廊下と階段の敷居を跨いで、歩き出した。


 薄いスニーカーのソールに、廊下に張り巡らされたごつごつとした蔓を感じながら、廊下の西の端まで歩いた。エレベーターの脇を通ったときに、さっき五階で見たエレベーターの中の木がここまで伸びているのが分かった。本当に、エレベーターの内部を一階から十階まで貫いているのだ。角を折れて廊下を歩いて行くと、エレベーターの裏側から枝が突き出し、塀の外に出ている。本来エレベーターの扉がある方に加えて、反対側の壁の方にも穴が空いていて、そこから葉を茂らせた枝が伸びていた。そのため、西側の廊下へ行くのに、通路を横に塞いでいる枝をかい潜って進まなければならなかった。枝を押し分けてそこを越えると、わたしは歩きながら、その一本杉――杉かは分からないが――を見上げてみた。

 その木は十階まで幹を伸ばし、梢は天辺を突き抜けていた。葉は屋根のようにエレベーターの終点に覆い被さっていた。箱を突き破ったクリスマスツリーのようだ。わたしは梢を見ながら、この木の生い立ちを考えた。理屈から言えば、この木はマンションの、深く暗いエレベーターの底で芽吹き、長い年月を経て枝を伸ばしながらついに十階まで上り詰めたのだろう。マンションがあり、次に木が生えた。それは当たり前のことだ。でも実際に、いま完成されたその結末だけを眺めていると、最初に一本の高い木があって、あとからエレベーター内の空洞を被せたようにしか思えなかった。十階建てのマンションの、真ん中にあるエレベーターの筒を、木の上からそっと被せたようにしか見えなかった。

 西の廊下の端まで行くと、そこの部屋に通された。廊下を歩いている途中にあった部屋も、やはり一つとしてドアが無く――粗末な覆いのある部屋はあったが――内部は自然の洞穴のようだった。わたしの案内された部屋も蔦と木が蔓延っていた。角部屋だったので、奥のベランダに続く窓の他に西にもあるはずの窓が、ただぽっかりとした穴になっていて、葉と蔦に覆われ、隙間から西日が照らしていた。

 わたしを部屋に通してすぐ、カツミは黙って部屋を出て行った。わたしはひとり、部屋に残された。隣の部屋から、ごとごとと物音がしていた。部屋の中は開け放されているので、廊下を通して音がよく聞こえる。なにか指示が飛び交っていた。隣でも夕食を作っているのかもしれない。どういうふうに食事を作るのか興味があった。わたしは自分の居る部屋を見たが、部屋にはガスコンロも無く、もちろん冷蔵庫なんてものも無かった。蛇口も無ければシンクも無い。おそらく隣の部屋にも無いだろう。わたしは訳の分からない混乱の最中に居るが、言いようのない確信があった。「おそらくそんなものは、ここには存在しない」と。

 ただ、部屋は画一的な蔦の蔓延る長方形の箱――というわけでも無かった。生い茂る枝のなかに住んでいる、野鳥のような生活を感じさせる部屋だったが、それでも区別があり、生活のにおいがあった。家具――と呼べるものもあった。葉と蔓を編んだ衝立のようなものもあったし、毛皮の敷き布もあった。土器もある。そしてわたしの座っている目の前には囲炉裏があった。郷土資料館の模型でしか見たことが無いやつだ。部屋の真ん中に、ほとんど正方形に床が抜かれている。そこに灰が堆積していた。考えてみれば不思議なことだ。ここは九階の部屋で、下は地面ではないのだ。囲炉裏なんてものが、ぽんと作れるのだろうか。 

 背後からした物音に振り向くと、カツミが部屋に入って来た。どうも水を汲んで来たらしい。わたしの斜め向かいに座ると、底のとがった土器を囲炉裏の灰に突き刺した。そうしておいたあと、部屋から小さな植木鉢のような器を取ってきて、土器のなかの水をその中に入れた。それをこっちに渡した。

「ありがとう」

 わたしは貰った水に口を付けた。冷たい美味しい水だ。さっき見た、部屋のなかで湧いていた水だろうか。

 カツミはさらに赤い果物を皿の上に乗せた。それをわたしの前のテーブル――と言っても地面に置いたただの細長い木の板――に置いた。その皿にも果物にも見覚えがあった。黄色い扉の前に置いてあったものと同じだ。

「食べんのか」

 わたしがじっとそれを眺めているのを見て、カツミは言った。何だか分からないものを食べるのには抵抗があった。赤い、量感のある丸み。リンゴでも、イチジクでも無い。どんな果物かは分からない。しかし――何の果物か分からないのに、それは「果物そのもの」に見えた。それは、なにか油絵のなかの果物に似ていた。わたしは黙ってカツミに聞いた。 

「皮を剥いて食べる?」

「そのまま、丸かじりすればええ」

 変なことを言うやつだなという顔をしていた。だんだんその表情にも馴れてきたが。わたしは左手を太股の上に置いた。ズボンのポケットは、505号室の鍵で膨らんでいた。隣の部屋では相変わらず、ごとごとと物音がしている。わたしは赤い実をじっと見た。口元に近付けてにおいを嗅ぎ、いちばん丸みを帯びたところをかじってみた。ほとんど甘くない、少し木の香りがする、薄い、水気のある果実だった。

「あなたは食べないの?」わたしはカツミに言った。

「わしはいい」

 わたしは黙ってそれを食べた。食べ終えるまで、わたしも彼も口をきかなかった。すっかり食べ終えたが、口の中に種が残った。少し酸味のある一粒の種だ。わたしはそれを静かに皿に出した。わたしはずっと、カツミの方を見ることが出来なかった。何だかわたしが食べている間、一つ一つのしぐさをじっと見られているような気がしたからだ。いや、実際にはカツミも直接見てはいないかもしれない。どこか違うところを向いているのかもしれない。けれど、わたしに矢のような意識を向けている気がする。彼がわたしを見ているような気持がし、同時にわたし自身も、わたしをまるで縛りつけるように見ている気がした。最近こんなことがあった気がする。何だっただろうか。

 お互い、何も言わないのは耐えられないのでわたしはカツミに話しかけた。

「あなたはここに住んでるの?」

「違う。東の、端から三番目で寝起きしとる。このウロはあまり使われていないんじゃ」

「ふうん……」

いまいち映像が頭に浮かんでこない。そもそも、わたしはここに、このマンションに住んでいるか聞いたつもりだったのだが。わたしは囲炉裏の灰に挿さっている土器を眺めながら言った。

「ウロって言うのは部屋のこと?」

「ウロはウロじゃ、ここも、隣んとこも、うちも。部屋とは違う」

「……マンションなのに囲炉裏があるんだね」

「部屋からもたらされた」

 まるで哲学の講義を聞いているようだ。言葉ひとつひとつの意味は分かる。しかしそれ自体は宙ぶらりんで、全体の文意となるとさっぱり頭に入って来ない。彼の話す言葉の方向性も、下地も分からない。静寂のなかで、「言葉」というものが徐々に情けないものに成り下がってゆくのを目の当たりにしているようだった。

 部屋のなかで、わたしは理解し合えない沈黙のなかに居た。日は西の窓から差していたが、だんだん辺りが静かに、薄暗くなってきた。木の葉が風に揺れ、鳥は仲間を呼んでいるのだろうか、高い声で啼いていた。隣も、さらにその隣の部屋の物音も、わたしの居る場所に混ざって来ていた。この部屋に、いや多分このマンションに、時計は存在しなかった。しかしわたしの周囲の全ては、ただ水が溜まっていくように夜を迎える準備をしていた。

 わたしは家のことを考えた。特に母のことを考えた。今頃はお使いに行っているか、もう夕食の準備を始めているだろう。何もなければ――。それは単なる暮らしだった。でも、わたしも含め家族のためであり、根本には父の帰りを待つということがあったように思える。その、もう意識下に消えてしまった目的に向けて、大きなサイクルは回っていたのだ。「大きな」と言っていいだろう。日が東から昇り、西に沈んでゆく。月が満ち欠けを繰り返す。そういった当たり前の――当たり前過ぎて消えてしまったかのような無意志的な巡りを「大きな」と言うのならば、わたしにとってはまさに大きな巡りだった。しかし、それは存在しないわけではなかったのだ。血の巡りのように流れていて、見えないところではちゃんと機能していて、さらには意志というものも実はあったのだ。いつ芽吹いたか分からないその意志は、果てしない繰り返しのなかで根を張り、わたしたちには見えない、地面の下の深い深いところに行ってしまっただけなのだ。そして見えなかろうが、意識できなかろうが、それは確実に存在し、存在するということは――いつでも失われる可能性があったのだ。

「あなたのお父さんとお母さんは」

 わたしはカツミに聞いてみた。

「死んどる」

「そう」

 わたしはなぜかあまり驚かなかった。

「サンナさんに父や母はおるのか」

「いる」

 わたしはそれだけ言った。それだけなのに、カツミはひどく驚いたという顔をしていた。

「おるのか」

「おるよ、一応」

「ふうむ……」

 カツミは難しい顔をして、黙り込んだ。わたしに父と母が居るのが、そんなに変なことなのか。何か、わたしが黄色い扉の部屋から出てきたと知った後のカツミは、不自然な、遠慮のある感じがする。サンナさん――伝わっている――。

「ねえ、どうしてわたしのことをサンナさんって呼ぶの」

「それは……」

 そのとき、誰かが入口の方から声を掛けた。

「準備が整いました。どうぞこちらへ、案内致しまする」

 さっき一緒に階段を登った、オーキナと呼ばれる老人がうやうやしく頭を下げていた。わたしはカツミを見た。

「マツリのときに話そう」

 そう言うとカツミはすくっと立ち、わたしを促した。……祭り?

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