璞主催のゲームへの強制参加
それは、言葉だけなら可愛らしいお願いにも聞こえるだろう。
「遊ぶ、だと……」
しかしそれを提案しているのが因縁のある相手となれば、その警戒心から相手を睨み付ける事になる。
けれどコクトは意に介さず、ひとつ大きく頷く。
「はいな。神主はん、言うてはりましたやろ?
“もう町の人に手を出さないでくれ”、って」
「……!」
「ですから、神主はんと直接遊んでもらおうと思いまして」
裾を口元に当てて微笑む様子に身体が強張る。確かにそうは言ったが、だからといって自分がターゲットになることを良しとしている訳ではない。
「風遥! 相手にするな、逃げろ!!
今、救援を頼むから――」
身を捩りながらそう叫ぶレヴァイセンをちらりと一瞥するコクト。
「狛犬はんは、わえからのお土産を堪能して下さいまし」
「っぐ!!」
その声に呼応するように拘束が強まったのか、痛みを感じないはずのレヴァイセンの表情が苦しげに歪む。
「レヴァイセン!!」
「……くっ、そぉ……」
目を大きく見開きながら呻くレヴァイセン。少しだけ宙に浮かされている状態でもがいているが、僅かに動かせている手も足も虚しく空を切るだけのようだ。
「ほな、ええですか? 神主はん」
「っ……」
人質を取られているに等しい状況では拒否することも出来ないが、頷くには重たすぎる。一体何の遊びに強制参加させられるのか、恐怖ですら感じている。
誰か、と無意識に助けを求めたその時、脳裏に浮かんだのは父の姿。
『風遥』
(父さん……!)
そして呼びかけが頭に直接入ってきたその声の、なんと頼りがいのあることか! 離れすぎていなかったこと、その声が届く場所にいた事に心底安心した。
『レヴァイセンがあそこまで手が出ないって事は、多分、お友達の件と同じ種類の璞だ』
(!!)
成程、確かにコクトはお土産と言っていたから、都会に行ってその璞を拾ってきたというのは頷ける展開だ。それこそミカゲと同じように璞を飼っている人間と接触した可能性すらあり得る。
『そうなると簡単に自分じゃ出られないし、璞の力が干渉して救援も正常に出せないはず。
時間を稼ぐためにも、まずは相手の要求に応じた方が良い』
(……分かった)
ようやく後ろ向きな覚悟が決まった。どうせこの状況じゃ物理的にも逃げられないのだから、と胸中で深く嘆息。
『私に出来うるサポートはする。
どうにかして、この状況を乗り切ろう』
(うん)
ただ、風臣が遠隔から助言してくれるだけでも大分違う。あとは相手の要求次第……風遥はひとつ深呼吸してから、改めてコクトを睨む。
「………何を、すればいいんだ」
「簡単なゲームをしましょう? 捕まっている狛犬はんに触れる事が出来れば、神主はんの勝ちです。ただし……」
そう言ってコクトは空間の歪みの方に向き直り、手招きする仕草を見せる。すると、次々と璞がこちら側にやってくるではないか。
「!」
『璞を、率いてきた……!?』
数にして7体。球体4体、不定形2体、そして……猪のような璞。
「……そいつらを相手にしろ、と?」
見た事のない璞に心拍数が上がっていく中、無防備な自分を守るために大幣を手に出現させる風遥。しかと握り締めて、少しでも心を落ち着かせる。
「そうですね。でも、この前のお家よりかは全然少ないでしょう?」
コクトは笑っているが、こちらとしては全く笑えない。あの時の璞はただそこにいるだけで、こちらに向かってくることは無かったのだ。
「…………」
けれど今回は違う。7体の璞はレヴァイセンを守るかのように立ちはだかっており、準備体操とばかりに各々が何かしら動いている。ようは戦う気満々のようだ。
「風遥っ………」
レヴァイセンの声が震えている。その心境は分からないが、両手は強く握られているあたり、様々な感情が綯い交ぜになっているのだろう。
璞とのこうした“戦い”というのは、それこそ晴市の時が初めてだった。その時はレヴァイセンがいたのだが、今回はそれよりも多い数を一人で処理しなければならない。
『風遥。祓廻りのイメージで、まずは向かってくる璞を浄化していこう。
直接触れるのは風遥への反動も大きいから、もしもの時だけにするんだよ』
(分かった)
不幸中の幸いは風臣が助言してくれること。この声は変わらず冷静なので、かつての風臣もこのような”遊び”に付き合わされていたのかもしれない。
「ほな、はじめましょうか」
そう言ってコクトはレヴァイセンの隣にピタリとついてから、手を叩いた。
それを合図に、球体の璞が2体向かってきた。他の璞に動きは無いあたり、流石に一度に7体を相手にするのは新人神主では無理ゲーというのはコクトも理解しているのだろうか。
『少し引き付けてみよう』
(うん)
風遥は暫く待ち距離がある程度詰まったところで、先に言われたようにまずはひと薙ぎ。1体はそれで消えたが、もう1体は動きを止めこそしたがまだ消えていない。
『大丈夫、落ち着いて』
ただそれは祓廻りでもあることだ。それでも何度か往復させれば最終的に全部消えていたので、同じようにもう一祓いして浄化する。
残り5体。しかしちらりとレヴァイセンの方を見ると、球体の璞がいない。
『上だ!』
「!」
風臣の声に見上げればまさに落下してくる璞がいたので咄嗟に祓った。剣で斬るように光の筋が走ってその璞は分断され、消滅。
ふぅ、と一息つく間もなく、今度は足元から飛び掛かってくる璞が目に入ったのではたき落とすように振った。璞に実体はないはずなのに、地面に叩きつけられ潰れるようにしてその形が歪み、光の粒子となって消える。これであと3体。
『良い感じだよ』
頷く。ただ既に不定形の璞が動いている。2体重なるように向かってきて、風遥を飲み込む波のように大きくその身を広げる。
「来るなっ!」
どう対処するのが正解か分からないがとにかく祓う。ゆらりと歪んで引き裂かれるも、浄化されたのは下半分だけ。上半分はただ「消えた」だけで、そこに浄化の証である粒子は舞っていない。
『風遥、後ろ!』
「っわ!」
振り向きかけたところで視界に黒が飛び込み、咄嗟に庇った腕は大幣を持った手。しかし璞はその上を覆いかぶさってきたので震えあがる。伝わってくる氷のような冷たさに、腕を溶かされたりするんじゃないかという恐怖で思考が停止しそうになる。
『落ち着いて、風遥。璞は物理的な危害は加えられない。
君が動じてしまうと、浄化できなくなる』
「この……!」
風臣の声がそれを引き戻してくれた。混乱から腕を振って払い落そうとしていたのを、空いている手で引きはがすようにして握り締める。その手には何か実体を感じられたわけでは無いが、完全に空気を掴んだというわけでも無い奇妙な感覚。
「っ……!?」
瞬間、何かどろりとした冷たさが背中を這ったような感覚があり、顔を顰める風遥。これが風臣の言う「反動」なのだろうか。
『大丈夫かい?』
(……なんとか。父さんのおかげで戦えてる)
今思えば大幣を持ち替えれば直接触れずとも浄化できたかもしれないが、後の祭りだ。
『それなら良かった。
……さあ、後1体だ』
ともあれ風臣の言うように終わりが近づいてきた。風遥は今度こそ深く息をついて、最後の1体を見やる。
「風遥……」
その向こうでレヴァイセンが情けない顔をしている。相変わらず抜けられる気配はないので、ゲームの目的通りこちらが救出することになるだろうか。
「そんな顔するな。もうすぐ助けてやるから」
「…………」
励ましのつもりで言ったのだが、レヴァイセンは俯いてしまった。
『来るよ、風遥!』
「!」
風臣の忠告に身構える。猪の璞は風遥に向かって勢いよく駆けてくるのでそれを祓って吹き飛ばそうとしたのだが、まるで怯まずそのまま突っ込んで来るではないか!
「なっ!!」
予想外の事態に次の一手がまるで浮かばず、風遥は璞の突進をもろに受ける事になる。
「風遥ッ!!」
「っ……!」
しかしそれは衝撃を与える事も無く、かといってすり抜けることもせず、文字通り風遥の体内に飛び込んできた――明確な吐き気を伴って。
『風遥!』
「ぅ、っく……!」
脳裏の奥で、過去の映像あるいは音がちらついては消えている。奥の方での展開なので完全な自覚にはならないものの、意図しない記憶の再生はどれも不快感を伴う。その思考の暴走に、頭を押さえるも止まらない。
『……、……!!』
頭の中を土足で踏み込まれ、ごちゃごちゃにされているかのよう。時折風臣の声が混じっているが、何を言っているのか聞き取れない。
「や、めろ……!」
このままでは記憶の箱を好き放題にひっくり返されそうでそれが堪らなく嫌なので、掌を握り締めて髪の毛を強く引っ張る。
「俺から、出て行けっ……!!」
その物理的な痛みで意識がそっちに向いたので、ぎゅっと目を瞑って、頭に入り込んだ璞を追い出すようにして叫ぶ。
それが効いたか、奥の方でのごちゃつきが消え、すーっと意識がクリアになった。
「はあっ……はっ……」
『風遥、大丈夫かい!?』
気遣う風臣の声に目を開ける。しかし完全に呼吸が上がってしまっていて苦しい状況下では、風遥に出来る返答は小さく頷く事だけだ。
しかしともあれもう璞はいない。あとは呼吸を整えて、不快感に高ぶっている気持ちを落ち着けて……レヴァイセンの元に向かうだけだ。
胸のあたりを押さえながら、深呼吸を何回か繰り返す。
「風遥っ!!」
レヴァイセンが泣きそうな顔で叫んでいる。
「……大丈夫、だ……」
それに応じられるまでに回復したところで、風遥はゆっくりと歩き出す。最後の璞の攻撃を防げなかった事で一気に消耗してしまったか、足が重たい。
それでも引きずるように一歩、また一歩と進み……手を伸ばせば届く所まで辿り着いたので、力が抜けつつある右手をそっと伸ばしていく。
(これで……)
後はレヴァイセンを拘束している璞に触れて浄化すれば、こちらの勝ち……。
『待って、風遥!』
ところが、そう慌てたような風臣の制止の声と重なるように――風遥の手首が、掴まれる。
「……え……?」
僅かにレヴァイセンに届かなかった手の先を、呆然と見上げる風遥。
「嫌ですわあ、神主はん」
不満げなコクトと目が合って、どくんと心臓が嫌な跳ね方をした。
「わえの事、忘れてたんです?」
風遥の手の上に、雨粒が落ちた。
目の前が段々暗くなっているのは、空の暗さだけではないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます